巨大な経済の歯車が減速し始めたとき、真っ先にその冷え込みを感じるのは社会の底辺を支える労働者たちです。近年、企業の投資減少やコスト削減の波が下層へと波及し、一般労働者の給与が減少の一途をたどり、不安定さを増すという形で現れています。

 しかし北京や上海などの大都市では、高額な家賃が収入減に合わせて下がることはありません。減少する賃金と高止まりする家賃の板挟みが、低所得者の生活を容赦なく圧迫しています。さらに都市の再開発が進み、かつて出稼ぎ労働者を受け入れた都市の中の村「城中村」や格安アパートが大規模に解体されています。街が華やかさを増す一方で、貧しい人々が安く住める場所は失われ続けているのです。収入の激減と住環境の喪失という二重の苦境により、一部の人々は通常の賃貸市場からはじき出され、都市の廃墟に最後の棲家を求めています。

 上海で長年、電気・配管工事に携わってきた安徽省出身の陳さんも、この時代の痛みを肌で感じています。以前は技術さえあれば大都市でも生きていけましたが、現在は建築業界の深刻な不況に伴い、「仕事がない」ことが職人共通の問題となっています。収入は激減し、極めて不安定になりました。この先行きの不安に対処するため、陳さんは究極の自衛策に出ました。昨年、約1万5000円(約700元)で中古の荷台付き三輪車を購入し、廃工場の脇に停めて自分の「家」にしたのです。長さ2メートル、幅1.2メートルの空間に保温シートを貼り、電気毛布を敷き、ソーラーパネルで自家発電して暮らしています。これで年間23万〜46万円(1万〜2万元)の家賃を節約でき、労働力が買い叩かれる今、これこそが彼の手に入れられる唯一の安心感なのです。

 この様な陳さんの生活が厳しい冬を個人で凌ぐ砦なら、湖北省から来た王さんとその友人たちは、身を寄せ合って隠れ家を見つけた人々です。上海で長年日雇い労働をしてきた王さんは、高額な家賃を避けるため、一般人は決して足を踏み入れない廃墟の地下室に4人で移り住みました。

 以前なら「城中村」で安いベッドを見つけられたかもしれませんが、今では家賃のかからない廃墟が最後の選択肢です。ありあわせの物で空間を仕切り、昼間はソーラーパネルで充電をしています。寝る場所は確保できても、生活を維持するのは容易ではありません。水を使うたびに近くのマンションまで汲みに行き、体を洗うには銭湯や公衆トイレを利用するしかないのです。

 深刻なのは、この生存の危機が学歴や職業の壁を越えつつあることです。「教育が運命を変える」という観念は崩れ、学歴という武器も力を失っています。農村出身の劉さん(仮名)は成都の企業で経理を担当しています。給与水準が下がる中、彼女の月給はわずか7万円から9万円(3、4千元)にとどまっています。その給料で自身の生活を維持し、母親と祖母の医療費も仕送りしなければなりません。月額18000円(800元)の家賃が厳しい生活の中での最後の一撃となり、大家に追い出された彼女は、その後、マンションの踊り場から公園の東屋へと移り住みました。冷たい雨が降る日には、寒さと恐怖に震えながら長く暗い夜を過ごしています。本来なら、路上での生活をする境遇ではありませんが、路上生活への転落は、現在の中低所得層の脆弱性を浮き彫りにしています。ほんの少し歯車が狂うだけで、人はあっけなく路上へ転落してしまうのです。

 果てしなく沈みゆく社会の底流の中で、単発の仕事を請け負うギグワークが最後のセーフティーネットになっています。廃墟に住む王さんの同居人にも配達員がおり、広州で路上生活を送る失業半年の若者、張さん(仮名)も「腹が減って大声で泣きたい」という絶望の中、「そのうち自分もデリバリーを始める」とすがる思いでいます。

 フードデリバリーなどのギグワークは、都市の失業者の最後の「受け皿」となっています。工場やオフィスの人員が削減される中、安定した仕事を見つけられない人々は、AIに管理される配達員の仕事に希望を託すしかありません。しかし、ギグワークへの流入者が増え続ける中、この「命綱」は本当に全員を支えきれるのでしょうか。報酬単価が下がり、管理が厳しさを増す中、配達に駆けずり回って空腹を満たすことはできても、再び暖かい部屋を借りるための助けには到底なりそうにありません。

 厳しい冬はすでにやって来ています。巨大で冷たい都市の中で、街を建設し、サービスを提供し、温かい食事を届けているにもかかわらず、彼らは安心して眠れるベッドすら手に入れることができません。景気が再び上向くその日まで、車の中や地下室、公園に身を潜める人々は、冷たい風に吹かれながら、わずかな希望の光を探し続けなければならないのです。

(翻訳・吉原木子)