巨大な工業用の蒸気球形タンクが、制御を失ったミサイルのように冬の冷たい風を切って2キロの放物線を描き、最後はドンという音とともに2階建ての建物を粉々にしました。そんな光景はもはや普通の産業事故ではなく、現実感が薄れるほどの災害です。
内モンゴル自治区の包鋼(バオガン)グループのレアアース鋼板材工場で1月18日に起きた爆発は、最終的に9人が死亡し、複数の負傷者も出ました。耳をつんざく一発の爆音で終わる話ではありません。時価総額が約2.2兆円(1000億元)規模ともいわれる巨大製鉄企業で、長年積み上がってきた安全対策のほころびが一気に破裂しました。その現実を突きつける出来事でした。
時計の針を1月18日午後3時03分に巻き戻し、冷たい公式発表の文章から視点を外して、九原区(きゅうげんく)爾甲亥村(にかいそん)の地面に立ってみると、この日の午後が住民にとってどんな時間だったかが見えてきます。そこは、まるで戦場に放り込まれたような空気だったと分かります。
爾甲亥村は爆発の中心からそう遠くありません。村の人にとって製鉄所は、巨大で無口な隣人のような存在でした。ところがその沈黙が、あの瞬間に完全に破られました。
村の近くの事務所で仕事をしていた陳孟(ちん・もう)さんは、この惨事を直接体験した一人です。陳さんの記憶では、最初に聞こえたのは、重く、腹の底に響くような大きな音でした。花火の破裂音でも、重い物が落ちた音でもありません。巨大な建物が一瞬で崩れ落ちるような、低い轟音に近かったそうです。その音は3秒から5秒ほど続き、直後に足元の地面が激しく揺れ始めました。地震が来たのかと思うほどだったといいます。
陳さんが状況を理解する間もなく、次の爆音が立て続けに襲ってきました。今度はもっと近く、もっと鋭く、耳を突き抜けるような音でした。陳さんの感覚では、戦場で手りゅう弾がすぐそばで爆発したような怖さがあり、空気が一気に重くなって息が詰まるほどの圧迫感が広がったそうです。
このわずか数分のうちに、2キロ離れた場所にあった巨大な蒸気球形タンクが、命取りの飛行を終えてしまいました。
あの光景を想像してみてください。廃品回収の作業場は、ほんの1秒前までいつも通りに動いていたのに、次の1秒には空から落ちてきた巨大な物体に押しつぶされ、跡形もなく壊されてしまったのです。陳さんは恐怖で体が固まり、動くことすらできませんでした。3回目の爆発が来ないと分かって、ようやく窓の外を見ました。
目に飛び込んできたのは、瓦れきの山でした。そこにあったはずの2階建ての建物は消え、崩れた残骸の中に、巨大なタンクが深く食い込むように突き刺さっていました。工業の巨大な怪物の残骸が、人の生活圏にいきなり突き立っています。その光景は、理屈では分かっても受け止めきれないほど異様で、恐ろしいものでした。
さらに村全体の範囲で見ると、衝撃波が無差別な破壊を見せつけました。真冬の内モンゴル自治区は凍えるような寒さで、風も刺すように冷たい。その村で暮らす500戸から600戸ほどのうち、7割から8割の家で窓ガラスが一瞬で割れたといいます。村の人にとって壊れたのはガラスだけではなく、ここで暮らす安全がいきなり揺らいだのです。
恐怖は、爆音や振動だけが原因ではなく、もっと深いところにあるのは、正体の分からない脅威です。工場の塀の内側から、次は何が飛び出してくるのか、誰にも分かりません。そんな不安が、生活そのものをじわじわ押しつぶしていきます。
ここで、核心に触れる、考えるほど背筋が冷える物理の問題が出てきます。いったいどれほどのエネルギーがあれば、あれほど巨大な工業用の球形タンクを2キロも飛ばせるのでしょうか。
これは、普通の化学爆発だけで簡単に起こすのは難しいと見られています。専門家の指摘では、典型的な物理的爆発、あるいは内部圧力の暴走による噴射現象だった可能性が高いというのです。タンク内部の高圧蒸気が、圧力の上昇やタンク破損をきっかけに一気に噴き出せば、強烈な反作用が生まれます。破れた方向がうまくそろえば、巨大タンクは点火されたロケットのように地面を離れて跳び上がります。この瞬間、タンク自体は弾頭でもあり、推進装置でもあるのだ。
工場事故で破片が飛び散るのは珍しくありません。ですが、巨大なタンクがほぼ原形のまま2キロも飛ぶのは、極めて異例です。そこまで飛んだという事実は、内部にたまっていた圧力が常識外れのレベルに達していたことを示します。放出されたエネルギーは、TNT換算で数百キログラム級に相当した可能性もあります。
この力は、バルブを吹き飛ばすだけではなく、5キロ先の列車を止めるほどの衝撃を生み、鋼鉄を紙のように引き裂くことすらあり得ます。逆に言えば、さびだらけだったとされるあの設備は、事故の前から危険な過圧状態、あるいは不具合を抱えたままの稼働だった可能性が高いということです。破裂は偶然ではなく、起きるのが時間の問題だったことを示しています。
包鋼グループでは、2016年から2022年9月までの7年足らずの間に、安全事故が累計20件発生し、28人が死亡しました。今回1月18日の事故を加えると、10年に満たない期間で事故は21件、少なくとも37人の命が鋼鉄の現場で失われたことになります。平均すると、数か月おきに流血事故が起きていた計算です。
特に2022年は、年初から9か月間で5件の事故が相次ぎ、12人が命を落としています。これらの数字は冷たい統計ではなく、数十の崩壊した家族を意味します。
さらに皮肉なのは、爆発の9日前、包鋼グループが安全上の危険を放置したとして、約68万円(3万元)の罰金を科されていた点です。
この対比に注目してください。9人が亡くなる惨事が起きた一方で、その直前の罰金はわずかな金額です。時価総額がかつて約3.9兆円(1700億元)超ともいわれた国有企業の巨大グループにとって、これでは痛くもかゆくもないでしょう。
違反のコストが無視できるほど小さければ、安全対策の優先度は簡単に後回しになります。本来は命を守るための警告であるはずの処分が、機械の轟音にかき消され、そして死の番が回ってきて初めて重さを持ちます。そんな構図が透けて見えます。
包鋼グループの発展史を振り返ると、1999年に設立されたハイテク企業で、国家のレアアース戦略を背負う存在でもあります。上場してからの約20年で資産総額は20倍以上に膨らみ、資金調達の規模も約9000億円(400億元)を超えたとされます。資本市場では猛スピードで走る巨大な獣のようなのに、安全管理の面では足取りの重い高齢者のように見えます。そんなちぐはぐさが続いてきました。設備の老朽化、過剰な稼働、安全意識の薄さ。こうした問題は、鋼鉄の巨体にこびりついたさびのように、少しずつ内部をむしばんでいきます。
暮らしは表面上、前へ進んでいくように見えます。けれど、もう元には戻らないものがあります。9人の犠牲者の遺族にとって、1月18日は一つの日付が終わった日ではありません。長く苦しい時間が始まった日です。
そして包鋼グループだけではなく、同じ構造を抱える大型工業企業全体に言えることですが、安全と従業員の命、さらには周辺住民の安全を、意思決定の中心に本気で置かない限り、空から落ちてくる悪夢は、あの蒸気タンクで終わらないかもしれません。
(翻訳・藍彧)
