1月3日未明、国際世論を揺るがすニュースが、中国のインターネット上で瞬く間に拡散されました。ベネズエラのニコラス・マドゥロ大統領夫妻が米国側に拘束されたという報道です。このニュースが伝わるやいなや、中国のSNS上ではとてつもない反響が巻き起こりました。暗号めいた冗談や、堂々たる意思表示から個人的なシェアに至るまで、遥か遠いアメリカで起きたこの政治事件は、中国社会に溜まっていた感情を一気に噴出させる意外な「出口」となったようです。
このニュースが中国に伝わると、各地のネットコミュニティは狂乱に近い盛り上がりを見せました。中でも関心を持たれたのは、多くのネットユーザーが「撈面(和え麺)を食べてお祝いだ!」と呼びかけたことです。
なぜここでお祝いに「麺」が登場するのでしょうか? 実は中国には、「来訪があった時には麺を振る舞う」という古い習慣があります。これには「長い麺で客人の足を絡め取り、早く帰ってしまわないように引き留めること」=「熱烈に歓迎し、長く留まってほしい」という深い意味が込められているのです。 つまり、ネットユーザーたちはこの風習を逆手に取り、監獄という「終着点」に到着したマドゥロ氏に対し、「ようこそ刑務所へ、そして二度と出てこないでください」という強烈な皮肉を込めて「大歓迎」しているわけです。
この呼びかけの影響力は凄まじく、実際に麺類が一時的に売り切れる地域も出たそうです。ある男性は自撮り動画の中で、「朝8時に市場を駆け回ったけれど、丸麺も平麺も全部売り切れで、手打ち麺しか買えなかった」と興奮気味に語っていました。麺を売る店主は「今日は一体何の日なんだ?」とポカンとしていたそうです。一見すると滑稽でシュールな光景ですが、これは中国独特の、誰も傷つけずに検閲も回避できる、安全な感情の「ガス抜き」方法として拡散されたのです。
さらに衝撃的だったのは、ネットの中だけでなく、実際に動きがあったことです。Xの投稿によると、中国のある公共スペースに、なんと中英両国語で書かれた横断幕が現れたといいます。その内容は、トランプ氏に習近平を捕まえてくれと求め、14億の中国人を解放せよと訴える非常に過激なものでした。この写真は瞬く間に話題となり、「言葉遣いは理性的だが、言いたいことは明確だ。文化人の仕業だろう」といったコメントが寄せられています。言論統制が極限まで厳しい今の中国において、これは極めて異例な出来事です。
このスローガンを巡って、コメント欄は人々の感情が共鳴し合う場となりました。「公式メディアは『我が国は繁栄している』と毎日、吹聴するが、庶民は米帝が彼(習近平)を捕まえに来るのを待ち望んでいる」「台湾統一云々の前に、まず自分たちを解放してくれ。」多くの書き込みには、嘲笑と絶望感が漂っています。
これらの一見バラバラで、ふざけているようにも、過激にも見える表現の裏には、長く抑圧されてきた現実があります。それは、閉鎖的な政治環境への不満、制限され続ける人権や表現の自由への反発、そして「外部の力によって、この行き詰まっている状態を打破してくれること」への期待です。だからこそ、マドゥロ氏拘束の報を受け、多くの中国ネットユーザー達がコメント欄で『可惜不是你(残念ながら君ではない)』という曲をリクエストし始めたのです。本来政治とは無関係なこの流行歌は、そのタイトルゆえに、今の中国では「あの人じゃなくて残念だ」という共通の隠語として使われています。「君」が誰を指すのか、あえて言う必要もありません。しかし、まさにこのような国際的背景があるからこそ、中国の人々の反応はこれほどまでに痛烈なのです。それは単にベネズエラのことでもなければ、心から米国の政治家に期待しているわけでもありません。他国の独裁者の末路に重ねて、自分たちの置かれた現実への不満と、自由への渇望を映し出しているのに過ぎないのです。検閲された社会の中で、麺を買い占め、曲をリクエストし、トイレの落書きを撮る。それらの行為自体が、現実に対する「無言の告発」になっていると言えるでしょう。
ベネズエラの大統領のような結末が、他の国でも起きるかどうかは誰にも分かりません。しかし確かなことは、この事件が、長く存在しながらも公に語られることのなかった事実を、再び白日の下に晒したということです。一見穏やかに見える中国社会の水面下で、自由や尊厳、そしてまともな政治生活への憧れは消えておらず、ただ「信頼できる出口」をじっと待っているのです。
(翻訳・吉原木子)
