上海地下鉄7号線。走行中の車両内。

 車内は混雑していました。口論もなく、騒ぎもありません。聞こえてくるのは、列車がトンネルを進む際の、一定の金属音だけでした。

 その静けさの中で、突然、ひとりの女性が声を上げました。

 彼女は車内を歩きながら、はっきりとした声でこう叫びました。

 「共産党を倒せ。」

 一度きりではありません。同じ言葉を、繰り返し口にします。彼女は立ち止まらず、誰かと目を合わせることもありませんでした。声は密閉された車両内に反響しましたが、周囲の乗客は特に反応を示しません。

 誰も同調せず、誰も制止しない。車内の秩序は崩れず、列車はそのまま走り続けました。

 この様子を撮影した動画は、その後、中国本土のSNSに投稿されましたが、まもなく削除されました。

 12月24日、複数のSNS情報を総合すると、動画は上海地下鉄7号線の車内で撮影されたもので、当時、車両内には多くの乗客がいたことが確認されています。撮影時刻や正確な日時は不明ですが、動画は短時間で拡散され、注目を集めました。

 コメント欄には、上海在住とみられるネットユーザーの声も寄せられていました。

 「尊敬します。自分には言えなかった言葉です。」
 「車両の前から後ろまで、不満と苦しさが漂っていました。あとで二、三人の警察らしき人が探しに来ましたが、見つからなかったようです。たぶん、彼女は先に降りたのでしょう。」
 「車内で誰も反応しなかった。それは、皆が心の中では同意しているということです。」

 評価は分かれながらも、多くのコメントが共通して指摘していたのは、あの車内で、何も起きなかったという事実でした。対立も混乱もなく、ただ声だけが一瞬、空間に残り、やがて消えていったという点です。

 この動画は海外SNSのXでも再投稿され、より感情的な反応を呼びました。

 「もう我慢できない。」
 「勇気ある人だ。誰もが知っているが、誰も言えない。」
 「目覚める人は確実に増えている。」

 中には、「もしあの車両で二人目、三人目が声を上げていたら」「もし車両全体が同時に叫んでいたら、その瞬間こそが中共にとって最も恐ろしい時だったはずだ」と書き込むユーザーもいました。

 さらに、一部の投稿では、1949年以降に行われた数々の政治運動や社会的惨事を列挙し、中国共産党は選挙によって選ばれた政権ではなく、暴力によって維持されてきたと主張し、政権の退陣を求める声も見られました。

 実のところ、このような公の場での抗議行動は、近年、中国各地で散発的に確認されています。

 ネット上に出回っている映像には、北京・天安門広場で、観光客が行き交う中、ひとりの女性が手を挙げ、「共産党を倒せ、私たちの家園を返せ」と叫ぶ様子が映っています。その直後、複数の警察官が彼女に近づき、その場から連れ去りました。映像に激しい抵抗は映っていませんが、彼女の声は人混みの中にかき消されていきました。

 別の動画では、中国のある地域で、若い男性が交警の目の前に立ち、周囲の制止を無視して拳を握り、「共産党を倒せ」「習近平を倒せ」と繰り返し叫んでいます。現場には緊張感が漂い、映像はそのまま終了しています。

 また、肩にバッグをかけ、杖を手にした高齢の男性が、古びた服装で街路を歩きながら、「中国共産党を倒せ」と声を張り上げている映像もあります。別の映像では、緑色の上着を着た杖をついた高齢者が、青果市場の中で共産党や習近平を激しく罵倒し、周囲の人々が視線を逸らしたり、距離を取ったりする様子が映っていました。

 登場する人物たちは互いに面識がなく、場所も異なります。ただ一つ共通しているのは、いずれも私的空間ではなく、誰の目にも触れる公共の場で起きているという点です。

 個人の行動にとどまらず、より象徴的な形で表れた抗議もありました。

 美国之音の報道によると、2023年2月21日、中国共産党二十期二中全会および北京での「両会」を前に、山東省済南市の万達広場にあるビルの外壁に、「共産党を倒せ」「習近平を倒せ」という巨大な文字が投影されました。夜間に行われたこの行為は、短時間で当局の注意を引きました。

 この事件は、北京・四通橋で彭立発が習近平に抗議する横断幕を掲げた事件に続く、象徴的な民間抗議の一つと受け止められています。

 当事者の柴松はその後、米国へ渡りました。彼はアメリカからの電話インタビューで、事件後すぐに当局が大量の警察を動員し、彼の恋人と友人二人を拘束し、外部との連絡を断ったと明かしています。柴松は、「共産党を倒せ」「習近平を倒せ」という言葉は、衝動ではなく、自分の内心で最も強く抱いてきた思いだったと語っています。

 国際社会でも、中国共産党体制の将来をめぐる議論は始まっています。

 今年7月16日、米ワシントンのシンクタンクであるハドソン研究所は、「共産主義後の中国:ポスト中共時代への備え」と題する報告書を発表しました。報告書は、同研究所中国センター主任の余茂春が主筆を務め、軍事、情報、経済、人権、憲政分野の専門家が執筆に参加しています。

 報告書は、中国国内では経済成長の鈍化、急速な高齢化、不動産危機、若年層の高失業率といった複合的な問題が同時進行していると指摘しています。政治腐敗や官僚機構の非効率性、資源の浪費は、国民の信頼をさらに損なっているとしています。対外的にも、米国やEUとの関係悪化、南半球諸国に対する強硬姿勢により、中国の国際的影響力は低下していると分析されています。

 報告書は、中国共産党政権が過去に幾度も危機を乗り越えてきたことを認めつつも、突然の崩壊が決して想定外ではないとし、「ポスト中共時代」への備えが必要だと結論づけています。

 再び、上海地下鉄7号線のあの車両に戻ります。

 動画はすでに削除され、あの女性が誰だったのか、いつ降車したのか、その後どうなったのかは分かっていません。ただ、彼女の声が、あの瞬間、確かに車内に響いたことだけは否定できません。

 列車は走り続け、乗客は次々と入れ替わっていきました。公式な記録に残ることはなくても、その一瞬を目撃した人々の記憶の中には、今も残り続けているはずです。

(翻訳・吉原木子)