2026年2月、この一週間で世界の貴金属市場は、歴史的とも言えるジェットコースターのような乱高下に見舞われました。海外のアナリストたちが「テクニカルな調整」について議論している間、中国ではこの暴落が、無数の家庭の富をゼロにする社会的悲劇へと発展していたのです。

 銀価格が1オンス121ドルの史上最高値を更新し、金も5500ドルを突破した時、中国の投資界隈は狂気じみた興奮に包まれました。中国最大の宝飾品取引センターである深センの水貝(シュイベイ)は、欲望と熱気で溢れかえっていました。その期間、現地は旧正月以上の賑わいを見せ、カウンターや茶室、さらには街角の食堂に至るまで、人々が口にする話題はただ一つ、「買い」でした。普段は金融になど関心のない主婦や定年退職した高齢者たちでさえ、スマホ画面に表示される「値上がりを示す赤いチャート」に、完全に心を奪われていたのです。

 SNSのグループチャットでは、投資家たちが何かに取り憑かれたかのように、収益のスクリーンショットを見せ合っていました。「これほど簡単に稼げたことはない」と感嘆する者もいれば、額に汗して働く人々を「時代の波に乗れていない」と嘲笑する者さえいました。多くの人々は、上昇ペースの緩やかな現物の金銀購入では満足できず、「ハイテク」を謳った怪しげな資産運用アプリへと群がりました。こうした監視の目の届かない片隅で、レバレッジは人知れず10倍、場合によっては40倍にまで設定されていたのです。これは、金価格がわずかに上がるだけで元手が倍になることを意味します。この「巨万の富」という幻影は人々の理性を奪いました。彼らは住宅購入資金を取り崩し、親戚の年金まで借り入れ、永遠に回り続けるかのように見えるこのルーレットに、フルベットしたのです。その瞬間、全員の目に異様な光が宿り、買いボタンさえ押せば、経済的自由への扉が開かれると信じ込んでいました。

 しかし、崩壊は往々にして、予期せぬ瞬間に訪れるものです。

 世界市場のセンチメントが突如反転すると、金銀価格はわずか24時間で、断崖絶壁から転がり落ちるような暴落に見舞われました。銀の単日下落率は36%を超えました。通常の現物市場であれば、単なる評価額の目減りに過ぎないこの変動も、高倍率のレバレッジをかけた中国の投機家たちにとっては、破滅的な災害となりました。

 その深夜は、数え切れないほどの人々にとって悪夢となりました。スマホ画面のチャートはもはや天国への階段ではなく、地獄へと突き落とす刃(やいば)と化しました。高レバレッジゆえに、価格が一度変動するたびに、元本が倍速で飲み込まれていくのです。取引アプリは狂ったように証拠金(マージン)の追加を求める赤い警告をポップアップさせましたが、暴落の凄まじい勢いの前では、反応することすら不可能であったか、あるいは埋めるための追加資金など最初から存在しなかったのでしょう。わずか数分のうちに口座資金は強制決済(ロスカット)され、数年、あるいは数十年かけて蓄えた貯蓄が、一瞬にしてゼロになりました。

 具体的な崩壊の惨状は、「JWR(杰我睿)」というプラットフォームの破綻事件によって白日の下に晒されました。深センの水貝でそれなりに名の通ったこの貴金属業者は、以前よりミニアプリを通じて「金銀先物予約」のような業務を展開し、約15万人のユーザーを現物のない賭博的取引に引き込んでいました。その被害総額は数百億人民元に達すると言われています。暴落発生後、プラットフォームの資金繰りは瞬時にショートしました。翌朝、出金しようとした投資家たちが目にしたのは、アプリ上に表示された「システムメンテナンス中」という無機質な通知でした。続いて出されたのは、1日あたりわずか金1グラム、あるいは現金500元のみという理不尽な出金制限でした。怒りに震える投資家たちが本社に殺到した時、そこはすでにもぬけの殻となっており、一部の幹部は連絡を絶っていました。警察の介入調査により、金を装ったこの違法な集金と賭博詐欺の実態が暴かれました。いわゆる「投資」とは名ばかりで、最初から何の実物の裏付けもない、ただのデジタルゲームに過ぎなかったのです。

 この惨状の背後にあるのは、単なる個人の強欲だけではありません。そこには巨大な社会心理のブラックホールが存在するのです。

 なぜ中国の個人投資家は、これほど狂気じみたレバレッジに走ったのでしょうか。その背景には、深刻な「資産への不安」と「階層転落への恐怖」が透けて見えます。不動産市場の長引く低迷と株式市場の乱高下を経て、中国の巨大な中間層は、自分たちの富を安全に守る場所を失いつつあることに気づき始めました。かつて信仰のように信じられた「不動産を買えば金持ちになれる」という神話は崩れ、銀行金利は下がり続け、富の貯水池は干上がってしまいました。

 こうした背景において、暴騰する金銀は単なる安全資産ではなく、「最後の頼みの綱」へと変質してしまったのです。多くの人々は高レバレッジのリスクを知らなかったわけではありません。彼らは「国運(こくうん)を賭ける」かのような悲壮な心境で、一発逆転を通じて自身の階層的地位を維持しようと、あるいは他の投資での失敗を埋め合わせようとしたのです。この「行き場を失ったマネー」が規制の網の目をかいくぐり、本来正常であるはずの金融取引を、制御不能なギャンブルへと変えてしまいました。

 潮が引いた後に残されたのは、空っぽの口座と、粉々に砕かれた自信だけでした。市場を席巻したこの嵐は、最も残酷な方法で一つの真理を突きつけました。「安心感を失った社会のマネーが極度の飢餓状態に陥ると、それは往々にしてすべての理性を飲み込む」ということです。対岸の火事を眺める傍観者にとって、これは戦慄すべき警告と言えるでしょう。強固な基盤を持たない泡の上で踊り続ければ、その舞姿がいかに美しかろうと、墜落の運命からは逃れられないのです。

(翻訳・吉原木子)