近ごろ、江西省南昌市で働くあるフードデリバリー配達員が、配達プラットフォーム内部に存在する「灰色ルール」を告発しました。報道によりますと、配達アプリ「餓了麼(ウーラマ)」が運営する「蜂跑(ホンパオ)」というクラウド型の配達モードでは、配達員が通常どおり注文を受け取るためには、配達の割り当てを管理するチームリーダーにタバコを“上納”しなければならない仕組みになっているといいます。もしそれをしなければ、配達の仕事を回してもらうことすらできないというのです。
告発した配達員によると、1件あたりの配達収入はわずか約90円(4元)ほどしかありません。それにもかかわらず、2週間に一度、約5,000円(230元)相当の高級タバコを「貢ぎ物」としてリーダーに渡すよう要求されていたそうです。単純計算すると、1か月で約1万円弱(460元)ものタバコ代が必要となり、配達員が毎日4件分の仕事で稼ぐ金額がそのままリーダーに吸い取られる形になります。もし「贈り物」を怠れば、リーダーはその配達員を受注グループから追放し、事実上、仕事をさせないようにするのだといいます。
この事件は、告発者がSNS上で実態を公表したことで明るみに出ました。彼は南昌市内の「餓了麼」拠点で働いており、新人ライダーや「上納」を拒否した配達員が、リーダーから意図的に遠方や時間超過になりやすい注文ばかりを割り当てられ、収入が激減していたと証言しています。投稿された動画の中では、リーダーとみられる人物が電話で「極上のタバコをワンカートン買って、近くのスーパーに置いておけばいい。それで2週間は仕事を回してやる」と話す音声が記録されていました。配達員が「1か月続けて仕事をしたい場合はどうすればいいのか」と尋ねると、リーダーは「それなら『中華』をワンカートン持ってこい」と暗に示したのです。つまり「高級タバコで2週間、『中華タバコ』で1か月」という暗黙の取引が実際に存在していることになります。暴露者によれば、1人のリーダーの下には十数人から二十人の配達員が所属しており、彼らから受け取ったタバコを転売することで、月に約22万円(1万元)以上の不正な収入を得ているリーダーもいるとのことです。
南昌で発覚したこの「タバコ上納事件」は、氷山の一角にすぎません。中国社会の最下層では、わずかでも権限を持った人が他人を理不尽に苦しめる構造が広く蔓延しており、「底辺同士の相互加害(互害)」と呼ばれる現象が頻発しています。
こうした“小さな権力”による搾取は、配達業界に限った話ではありません。たとえば高速道路の検問所や料金所では、一部の職員が「検査」を名目にトラック運転手をいじめるケースが相次いでいます。ある運転手は、3,000箱のリンゴを積んで福建省の梧桐料金所を通過しようとした際、農産物のため通行料が免除される「グリーンレーン」を利用していました。しかし、女性所長に「全部荷下ろしして検査しろ」と命じられ、「嫌なら約10万円(4,398元)の通行料を払え」と迫られたといいます。運転手は、荷下ろしには時間がかかりリンゴが傷むおそれがあると訴えましたが、所長は「中を確認しないと通せない」と聞き入れず、結局、運転手は通行料を支払って通過しました。
この出来事がネット上で拡散されると、「検査を口実にした嫌がらせだ」と批判が殺到しました。河南省でも同様の事件が発生し、スイカを運んでいたドライバーが、一玉ずつ荷下ろしするよう命じられ、拒否すると約11万円(5,000元)の通行料を要求されたといいます。激怒した運転手はスイカを路肩に投げ捨ててようやく通過できたという話もありました。
また、住宅街やオフィスビルでも、警備員と配達員の衝突が「底辺互害」の典型例としてたびたび話題になります。上海のあるマンションでは、配達員が配達時間を数分過ぎたという理由で警備員に入場を拒否され、注文がキャンセル扱いになった事件がありました。警備員は「マンションの規則だ」と主張して通さず、入口で口論が起きたのです。多くの地区では、警備員が配達員や宅配員に対して「検査料」や「チップ」を要求し、応じなければ入場を認めないという行為が常態化しています。
こうした現象は、教習所などの職業訓練施設にも及んでいます。ある教習生は、「人気ブランド『華子』のタバコを贈らないと練習時間を増やしてもらえず、わざと不便な時間帯に回されたり、試験の順番を後回しにされたりする」と告発しました。これは南昌の配達事件とまったく同じ構造であり、職務上の立場を利用して私利を得ようとする典型的な事例です。
新型コロナの流行期、中国では3年間にわたる厳格な防疫政策の下で、地域スタッフによる権限の乱用も社会問題となりました。2022年11月、黒竜江省綏化市では、コミュニティの防疫スタッフが、心臓病を患う母親のために娘が購入した救命薬を奪い取るという事件が起きました。防疫スタッフは「犬をつないでいない」などと難癖をつけて薬を取り上げ、母親は薬を服用できずに病状が悪化しました。しかし、この防疫スタッフは警察の介入後も「口頭注意」にとどまり、実質的な処罰を受けなかったといいます。
中国人民大学の儲殷(チュー・イン)教授はこう指摘しています。
「底辺層の人ほど、わずかな権力を持つと、その力を誇示し、下の者を痛めつける傾向がある。警備員が配達員をいじめ、管理人が清掃員を叱責する。それが今の社会の縮図です。」
実際、多くのマンションやオフィスビルの管理現場では、管理会社の職員が「規則」を盾に清掃員やテナントを罰したり、賃金を減らしたりする事例が後を絶ちません。内部では「互害の連鎖」ともいえる構造が形成されており、誰もがその中で消耗しているのです。
ネット上では次のような声が相次ぎました。
「中国人の悪の一つは、手にした小さな権力を使って、他人を最大限に困らせることだ。」
「底辺同士の互害は、資源が乏しく、みんなが『自分だけは得をしたい』『他人が得をするのは許せない』という心理から生まれる。」
この「底辺互害」は単なるモラルの問題ではなく、社会構造・制度設計・文化的背景が複雑に絡み合った結果です。それは、最下層の人々が互いに消耗し合い、ゼロサム的な争いを繰り返す“カニバケツ現象”として表れています。一匹のカニが桶から逃げようとすると、他のカニがその足を引っ張り、結局誰も脱出できないという構図です。
中国では底辺層の人口が非常に多く、資源の配分も極めて不均衡です。社会全体が“カニの桶”のように競争が激化し、生活の圧力は限界に達しています。心理学的に言えば、これは「ゼロサム思考」、すなわち「他人の得は自分の損」を生み出す構造です。その結果、人々は互いに傷つけ合いながら、自らの小さな優位を守ろうとするのです。
スタンフォード大学中国経済制度研究センターの上級研究員であり、アメリカ「ボイス・オブ・アメリカ(VOA)」の特約評論員でもある呉国光(ウー・グオグアン)教授は、次のように分析しています。
「2024年の中国社会の崩壊は、「互害社会」の形成に起因しています。被害者が加害者を特定できないため、最も身近な弱者に怒りをぶつけるのです。地方では家族共同体が崩壊し、暴力的な集団が秩序の代わりとなりました。中国人は“闘う民族”として育てられてきました。歴史的な政治運動から教育制度に至るまで、忠誠と競争が奨励され、協調は軽視されてきたのです。そのため、わずかな権限を持つ底辺層は支配者を模倣し、腐敗こそが生き残るための唯一の手段となっているのです。」
(翻訳・吉原木子)
