中国文化における「雁」.
雁(がん)(Muffet, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons)

 雁(がん)は、水辺に群れで居る大型の渡り鳥で、鴻雁(こうがん)とも呼ばれます。季節の変化で移動し、毎年決まった時期に移動する渡り鳥です。日本には主に秋から冬に越冬のため飛来し、春には北へ帰ります。七十二候の第十四候「鴻雁北(こうがんかえる)」と第四十九候「鴻雁来(こうがんきたる)」の主役です。また、雁が群れで隊列を組んで飛ぶ姿は、「雁行(がんこう)」と呼ばれる冬の風物詩です。
 雁は決まった時間に、群れで行動するため、中国伝統文化では仁、義、礼、智、信を兼ね備えた「五徳の鳥」とされ、特別な意味を持つ贈り物であり、深い郷愁を託される使者でもあります。

五徳の鳥

 雁は古代中国で「鳥の王」とされたことがあり、吉祥の象徴とされました。秦の時代に文化領域に入り、最古の記録は『詩経・小雅・鴻雁』に見られます。雁の紋様やシルエットは陶器、青銅器、漆器、玉器にもしばしば登場します。
 雁が古代中国で高い人気を得たのは、仁、義、礼、智、信を備えた動物だと古代中国人が考えたからです。例えば『水滸伝』で、燕青が秋林渡で雁を射ると、宋江は次のように話しました。
 「この雁は仁義礼智信の五常を兼ね備えた鳥です。死んだ雁を空中から見ると悲鳴を上げ、連れとはぐれた雁を侵さないのが仁。伴侶を失うと生涯新たな伴侶を求めないのが義。飛ぶ時に順序を守り、勝手に順番を乱さないのが礼。渡り時に芦をくわえて自衛するのが智。秋に南へ、春に北へ、時間を守るのが信。この五常を備えた鳥をどうして傷つけることができますか?」(註)
 これにより古代中国人は雁の習性を観察し、雁はまさに「五徳の鳥」であると結論づけました。

伊藤若冲『芦雁図』 18世紀(Itō Jakuchū, Public domain, via Wikimedia Commons)

婚礼での重要な贈り物

 古代中国人から見ると、雁は愛の忠誠を象徴していました。大昔の周の時代から、雁は婚礼で最も重要な贈り物「信物(しんぶつ)」でした。
 古代中国の婚礼は複雑で手間がかかりましたが、それぞれに理由があります。西周時代、婚礼の礼儀規範を「六礼」と呼びます。
 媒酌人を通して相手の家庭に婚姻の意思を伝え、正式に申し込む最初の儀式「納采(のうさい)」。
 相手の娘の名前と生年月日(八字)を問う儀式で、結婚の可否を占うために行われる「問名(もんめい)」。
 占いの結果が吉兆であれば、その結果を相手の家庭に伝え、結婚の意思を固める「納吉(のうきち)」。
 婚約の証として、男性の家から女性の家へ結納品を送る「納徴(のうちょう)」。
 男性が結婚の日取りを決め、相手の家へ通知して同意を得る儀式「請期(せいぎ)」。
 そして男性が自ら迎えにいき、新婦を花嫁として家に迎える最後の儀式「親迎(しんげい)」。
 この6つの礼節を経てようやく婚姻が成立しますが、この6つ礼のうち、5つの礼で「雁」を贈り物としているため、婚礼での雁の特別な意味が伺えます。

郷愁を託す使者

 雁は渡り鳥で、季節の変化で移動し、春に北へ、秋に南へ飛びます。季節の変わり目は雁にとって、故郷の巣へ懸命に飛ぶ時期なのです。この特徴は、故郷を離れた人々に郷愁を呼び起こします。詩人は雁を題材に深い郷愁と絆を表現します。
 また、交通が不便だった古代、遠方の親友からの便りを受け取ることは大きな楽しみとともに切実な願いでもありました。雁は毎年正確に時間を守って移動するため、古代中国人は雁を親族の音信を伝える使者と見なしたため、「鴻雁」も書信やお便りの代名詞となりました。

 以上、中国伝統文化における「雁」を紹介しました。日本最大の越冬地、宮城県の伊豆沼・蕪栗沼には、日本国内の雁(マガン)の80~90%が訪れ、宮城県は雁を県鳥に指定しています。次に、空に大きな黒っぽい茶色の渡り鳥が列をなして飛ぶ姿を見かけたら、遠くにいるあの人を想ってみてはいかがでしょう。

註:
中国語原文:此禽仁義禮智信,五常俱備:空中遙見死雁,盡有哀鳴之意,失伴孤雁,並無侵犯,此為仁也;一失雌雄,死而不配,此為義也;依次而飛,不越前後,此為禮也;預避鷹雕,銜蘆過關,此為智也;秋南春北,不越而來,此為信也;此禽五常足備之物,豈忍害之。(『水滸伝・第一百十回<燕青秋林渡射雁 宋江東京城獻俘>』より)

(文・王暁玫/翻訳・慎吾)