2025年10月、中国では8日間にわたる大型連休が始まりました。この期間中は国内旅行だけでなく、海外旅行市場も大いににぎわいました。中国交通運輸部と出入国管理局の発表によると、連休期間中の延べ移動人数は20億人を超え、1日あたりの出入国者数は約200万人に達し、前年より明らかに増加しました。
そのなかでも日本は、中国人旅行者にとって最も人気のある海外旅行先の一つとなっています。東京や大阪、福岡などの主要都市への航空券は休日前から完売し、多くの観光地が中国人観光客でにぎわいました。
ここ数年で訪日観光客の構成にも変化が見られます。かつて主流だった団体旅行は減少し、現在では約9割が個人旅行者です。特に若い世代や女性の旅行者が増えており、彼らは買い物だけでなく、地域の文化や日常の暮らしに触れる体験を重視する傾向があります。東京の古本屋、鎌倉の海辺のカフェ、奈良の鹿がいる公園、青森の森林など、以前は外国人にあまり知られていなかった場所にも多くの中国人観光客が訪れるようになりました。こうした多様化は、彼らの経済的ゆとりだけでなく、文化的な好奇心や美意識の成熟を示しているとも言えます。
一方で、中国国内のインターネット上では、別の流れも見られます。依然として民族主義的な言説が強く、動画サイトやSNSでは感情的な「反日」コンテンツが定期的に拡散されています。特に経済的に余裕のない層の間で、こうした情報が広がりやすい傾向があります。多くの人が海外経験を持たず、外の世界を知る手段が限られているため、日本に対して固定的なイメージを抱きがちです。
しかし、近年ではそれとは対照的な動きも強まっています。実際に日本を訪れた経験を持つ人々——都市部の中間層や留学経験者、外資系企業の社員、若い家庭など——は、ネットで語られる日本のイメージとは違う現実の姿を自分の目で確かめています。彼らがSNSで共有する日本での体験談には、清潔で静かな街並み、礼儀正しい人々、整った公共サービスなどの描写が多く見られます。そして多くの人が口をそろえて言います。「実際の日本は、想像していたものとはまったく違った。」
中国のSNS上では、ある冗談が流行しました。「お金持ちの子どもは日本に旅行に行き、貧しい家庭の子どもは映画館で『日中戦争の映画』を見る。」この言葉は笑い話のようでありながら、現代中国の現実を鋭く突いています。経済的に余裕があり、世界を見てきた人ほど冷静で、情報環境の狭い人ほど感情的になりやすいです。日本への好悪の分岐点は、思想ではなく「経験の有無」にあるのです。
日本を訪れた中国人の多くは、その体験を通して自国でのイメージとの違いに気づきます。清潔で秩序ある街並み、静かな電車、親切で礼儀正しい人々、そして細やかなサービス——こうした日常の一つひとつが彼らに新鮮な驚きを与えます。ある旅行者はSNSに「日本に来て初めて、礼儀や清潔さが“文化”として根づいている意味がわかった」と投稿し、別の人は「子どもを日本に連れてきて本当によかった。百の言葉よりも一度の体験のほうが教育になる」と書きました。
こうした生の声が積み重なるうちに、中国国内では“もう一つの日本像”が生まれつつあります。ネット上の反日的な言論とは異なり、実際の体験をもとにした旅行者の言葉が少しずつ影響力を持ち始めているのです。これは単なる旅行ブームではなく、中国社会の内部で進みつつある“意識の分岐”を映し出す現象でもあります。情報にアクセスしやすく、多様な経験を持つ人々ほど冷静で客観的に物事を見つめる傾向が強まり、限られた情報しか得られない層ほど感情的になりやすいのです。
世論調査の結果もその傾向を裏づけています。近年の中日共同調査によると、日本を実際に訪れたことのある中国人のうち、過半数が日本に好印象を持つと回答しました。一方、訪日経験のない層では好意的な回答はわずか数パーセントにとどまっています。つまり「実際に見たかどうか」が意識を決定づける分岐点になっているのです。
SNSでは、若い旅行者が日本での体験を投稿する姿も目立ちます。東京の地下鉄の静けさ、京都の路地の清潔さ、奈良で出会った人々の親切さなど、ありふれた日常の光景が人気を集め、数百万回再生される動画もあります。これらの「現実の日本」を伝える発信は、従来の一面的なイメージを少しずつ塗り替えていきました。
一方、10月初旬、日本の政界では新しいリーダーが誕生しました。外向きの発言や政策が注目を集めていますが、今のところその政治的変化は中国人観光客の動きに大きな影響を与えていません。航空会社や旅行サイトのデータによれば、中国から日本へのビザ申請数は依然として高水準で、ほとんどの便が満席状態です。一般の旅行者にとって、政治や外交よりも重要なのは「安心して旅行できるか」「何を体験できるか」という点なのでしょう。
今回の大型連休は、まさに中国人が「足で投票する」光景を象徴していました。表向きにはナショナリズム的な言論が存在しても、現実には多くの人が日本を訪れ、自分の目で確かめています。政府間の関係が時に緊張しても、民間レベルでの交流は着実に広がっているのです。この静かな人の流れが、両国の心理的な距離を少しずつ縮めているのかもしれません。
日本側にとっても、これは単なる観光ブームではなく、中国社会の“心の温度差”を映す鏡のような現象かもしれません。いま日本を訪れる多くの中国人は、表面的な観光客ではなく、「本当の日本」を見たいという強い好奇心を持っています。彼らの目に映るのは、ニュースやSNSで語られてきた日本とはまったく違う、静かで整った社会の姿です。
こうした体験は、言葉よりもずっと強い力を持ちます。中国国内で繰り返される愛国的なスローガンや反日的な言説も、現実の風景や人々の態度の前では次第に色あせていきます。日本の街にあふれる秩序や清潔さ、他人を思いやる礼儀や距離感は、多くの中国人にとって“初めて見る現実”であり、同時に“見たくなかった現実”でもあります。
中国人の中にある「日本への愛と憎しみ」は、結局のところ「体験の有無」が分ける感情です。宣伝の中で作られた敵意は、実際に日本を歩き、人と話し、生活の一端に触れた瞬間に崩れていきます。真実は派手ではなく、静かに人の心を変えていきます。今、日本を訪れる中国人たちは、そのことを身をもって証明しているのです。
(翻訳・吉原木子)
