2025年の中国本土では、10月1日から8日までの8日間にわたる大型連休が始まり、これまでにない旅行ブームが起こりました。連休2日目の旅行者数は延べ2億8,900万人、前年同期比で、2.2%増となりました。各地の観光地は観光客であふれ、人気スポットでは入場券が即日完売しました。四川省の九寨溝は「2日から6日まで満員」と発表し、オンライン販売を停止しました。北京の故宮博物院の予約も7日まで埋まりました。国家博物館や南京博物院なども同様にチケット入手が困難な状況でした。

 一方、実際の観光地が混雑する中、インターネット上では「バーチャル旅行」ブームが急拡大しました。SNSで位置情報を偽装し、海外旅行をしているかのように見せる人が急増しています。こうした「旅行している自分」を演出したい人々に向け、業者は「旅行代行サービス」を展開しました。SNS投稿の代行、写真加工、位置情報設定、映像素材の提供などを行います。

 料金は位置情報の設定が170〜1,000円(8〜50元)、写真1枚あたり60〜430円(3〜20元)。海外ロケ風写真付きのプランは約860円(40元)で、9枚の写真を並べた投稿形式を希望すると総額1,800円(110元)前後になります。販売者は「投稿が多すぎると不自然に見えます。」と「演出指導」まで行うといいます。

 大型連休中、こうしたサービスの注文は通常の10倍以上に増加しました。普段は1日10件前後が、休日期間は100件を超え、事前予約が必要なほどでした。中には1日中投稿を代行する「デイリーパック」(1,100円前後)を販売する業者も登場しました。さらに上位プランでは、ファーストクラスの機内や高級リゾート地の素材を提供し、価格は通常の2倍に達します。

 利用者は大学生や会社員、SNSインフルエンサーなどです。彼らの多くは他人を騙す目的ではなく、SNS上で「見栄えの良い人生」を演出したいだけだといいます。

 この「偽装旅行」は、単なる冗談ではなく現代社会の象徴です。SNSによって誰もが「見られる舞台」に立たされ、人々は幸福や成功を演出する一方で、現実では不安や疲労を抱えています。現実の旅には時間も費用もかかりますが、SNS上の旅なら数百円で他人の羨望を得られます。仮想空間では自由で洗練された「理想の自分」を演出でき、その偽装は心理的な逃避であり、癒やしでもあります。

 そしてこの「演出文化」は旅行だけでなく、恋愛にも広がりました。「偽装恋愛」が新たなトレンドとして注目を集めています。現実の恋愛が重すぎる、面倒すぎると感じる人々が、自ら「演出可能な恋愛」を作り出しているのです。「偽装恋愛パッケージ」は、SNSや恋愛コンサル業界から生まれたもので、「恋人キャラ設定」や「感情サポートプラン」として販売されています。内容は、メッセージ履歴、合成写真、投稿テンプレート、記念日通知などです。単発のやり取りは220円(9.9元)から、「7日間恋人気分体験」は1,300円(58元)ほどです。さらに、カップル用アイコンやビデオ通話シナリオを加えると5,000円以上になるケースもあります。「1か月恋愛パック」「3か月契約」「期間限定の別れ体験」などもあり、顧客の希望に応じて「優しい系」「癒やし系」「年上」「先輩風」などの恋人を演じてくれます。恋愛はここで完全に商品化され、「借りることができる感情」として消費されているのです。

 この流れは「感情サポートサービス」の延長線上にあります。中国では数年前から恋愛を「設計・販売可能な商品」として扱う企業が増えています。代表的なのが「小鹿情感」という企業で、「感情修復パッケージ」を数万円単位で販売しています。SNSの演出方法や心理話法を指導し、「愛されているように見せる」方法を教えるといいます。

 近年はAI技術も導入され、恋愛代行の精度は飛躍的に向上しました。画像生成や音声合成でリアルなカップル写真や会話履歴を作り、ChatGPTのような対話AIを使って24時間恋人とのチャットを代行する業者まで登場しています。多くの若者はこれを「心の鎮痛剤」と呼び、「現実の恋愛より安全で気楽」と語ります。動画サイトでは「AIで理想の恋人を作る方法」が100万回以上再生され、「もうAIでいい」「人間は面倒だ」というコメントが並びました。恋愛は今や脚本とアルゴリズムで再構築されつつあります。

 心理学者は、この現象の根底に「見られたい不安」があると分析します。SNS時代では、恋愛や旅行さえも社会的ステータスの一部となり、人々は幸福や愛される姿を演出することで自分の価値を確認しようとします。現実がそれに追いつかないとき、人々は「仮想の幸福」を借りるようになる。偽装恋愛は孤独を埋める一時的な慰めであり、誰かに愛されているという幻想を与えてくれる手段なのです。社会学者たちは、「偽装旅行」と「偽装恋愛」はデジタル時代の「感情経済」を象徴していると指摘します。アルゴリズムが人間の感情や親密さ、自己認識までも支配するなか、現実と虚構の境界はますます曖昧になっています。

 2025年の大型連休は、単なる観光と消費の祭典ではなく、現実が、一枚の鏡に映し出された幻像の様な存在でした。現実では入場券を争い、オンラインでは数百円で「旅」や「恋愛」を演出する。「遠くにいる自分」や「愛されている自分」を装う。その瞬間こそ、この時代の最も象徴的な情勢なのかもしれません。華やかに見えるその裏側には、深い孤独と不安が静かに広がっています。

(翻訳・吉原木子)