9月22日、米国の著名投資家ウォーレン・バフェット(Warren Buffett)が、中国の電気自動車大手・比亜迪(BYD)の株式をすべて売却したことが明らかとなり、市場に衝撃が広がりました。そのわずか数日前の9月19日には、新興EVメーカーで「スマートEVの旗手」と呼ばれる小米汽車(シャオミ)が、安全上の理由から11万台のSU7をリコールすると発表しています。さらに2025年上半期の企業決算が公表されるなか、上場している自動運転関連企業10社のうち8社が赤字を計上していることも判明しました。こうした一連の悪材料は連鎖的に市場を揺さぶり、中国EV産業がバブル崩壊の目前にあることを浮き彫りにしています。

 

 この危機の背景を理解するためには、中国共産党の政策を振り返る必要があります。ロイター通信の調査によれば、中国の自動車メーカー各社の生産量はすでに国内市場の消化能力を大きく超過しています。中国自動車工業協会の統計によると、2024年の自動車年間生産台数は3128.2万台、販売台数は3143.6万台に達し、それぞれ前年比3.7%、4.5%の増加でした。そのうち「新エネルギー車」と呼ばれるEVは1288.8万台を生産、1286.6万台を販売し、前年比でそれぞれ34.4%、35.5%と急増。新車販売全体の40.9%を占めるまでになっています。つまり新車10台のうち4台はEVという計算です。しかしロイターは調査報告の中で「中国の自動車メーカーは消費者需要ではなく、政府が設定した生産目標に従っている」と指摘しており、その結果、ほとんどのメーカーが収益を確保できない構造に陥っているのです。

 中国政府は2017年、「2025年までに年間生産台数3500万台を達成する」という大規模産業計画を打ち出し、とりわけ電気自動車の生産を強力に後押ししました。2024年の数字はすでにその目標に迫っています。この政策の帰結として、2018年には国内のEVメーカーが少なくとも487社にまで膨れ上がりましたが、2024年には129社にまで激減しました。バブルが急速に膨張し、そして急速にしぼんでいったことが分かります。米国在住の経済学者・黄大衛氏は「中国当局がEV産業を推進する最大の狙いは、欧米との炭素排出や気候変動交渉において交渉材料を得ることだ」と指摘しました。そのため政府は巨額の補助金や優遇政策を与え、地方政府も経済成長や財政収入、雇用維持のため必死に生産を拡大したのです。結果として、自動車メーカーは市場需要ではなく政策に従って動く産業構造となりました。

 米サウスカロライナ大学エイキン・ビジネススクールの謝田教授も、中国EV産業の本質を「政治的要請によって生み出された産物」と断じています。経済刺激のために中国政府がEV生産を煽り、数百社が乱立しましたが、それらは本来の市場競争の結果ではなく、中央や地方からの補助金や土地優遇を奪い合う存在にすぎないというのです。

 その過剰生産の影響はすでに市場全体を覆っています。今年8月末から9月初めにかけて成都で開かれた国際モーターショーでは、国産アウディの新型車が定価の半額で投げ売りされ、一汽の7人乗りSUVに至っては定価の4割という価格で販売されました。価格競争はすでに3年目に入り、利益の余地は完全に削られ、産業全体が悪循環に陥っています。

 台湾大学経済学部の樊家忠教授は、中国経済の特徴について「極めて供給偏重であり、市場の需要ではなく政府の計画に基づいて動いている」と指摘します。これは典型的な計画経済の姿であり、「生産過剰は計画経済の必然的な結果だ」と強調しました。権力集中のため生産資源を掌握しようとする集権体制においては、非効率であっても計画経済が維持されるのです。

 現在の中国経済は減速と消費低迷に直面し、当局はますます計画経済的な手法に依存しています。たとえ企業が赤字を抱えていても、生産を拡大することでGDPの急落を防ぎ、失業率の悪化を和らげようとしているのです。かつて不動産産業はGDPの25~30%を占めるほどの影響力を持ちましたが、バブル崩壊によって比率は低下しました。その代わりに自動車産業が「新たな第一の経済支柱」とされ、2023年には総生産額がGDPの約10%に達したとも言われています。しかし供給主導で膨らんだ繁栄は極めて脆弱であり、価格競争の激化、需給の歪み、赤字経営の常態化といった構造は、中国経済危機の縮図だと言えるでしょう。

 樊教授は「中国当局が計画経済を続ける限り、EVバブルに限らず経済問題の解決はほぼ不可能だ」と断言します。短期的には過当競争と市場の歪みが続き、中長期的には大規模な淘汰と倒産ラッシュが避けられないというのです。世界的コンサルティング会社アリックスパートナーズ(AlixPartners)の研究でも、2030年までに中国のEVブランドは15社程度にまで減少する可能性があると予測されています。つまり、今後数年間で中国EV産業は苛烈な淘汰の波に直面することになるのです。

 このバブルの中で最も大きな打撃を受けるのは消費者です。黄大衛氏は「短期的には政府や地方政府、メーカーや販売業者に利益があるように見えるが、長期的にはほぼ全員が敗者となり、特に消費者が最も大きな犠牲を払う」と警告しました。中国当局は短期的に炭素排出問題で欧米との交渉カードを得ましたが、最終的には「新エネルギー詐欺」と見抜かれ、交渉力を失うとみられます。地方政府は短期的に財政収入を得ましたが、巨額の地方債務と資源浪費を招きました。大手メーカーは政策を利用して拡大しましたが、生き残れるのはごく一部に限られ、それでも過当競争と市場リスクにさらされ続けます。中小メーカーや販売業者も補助金で一時的に潤いましたが、在庫滞留や資金繰りの悪化で破綻は避けられません。

 謝田教授は「真の勝者は中国の統治層にいる一部の政治家に限られる」と指摘します。不動産バブルの背後で利益を得たのが権力者とその一族だったように、EVバブルでも同様で、彼らはすでに十分な利益を手にし、市場から撤退しています。残された負担はすべて社会と一般国民に押し付けられるのです。つまり、一般消費者や中小企業は「新エネルギー革命」の恩恵を受けるどころか、むしろバブル崩壊の最大の犠牲者とされているのです。

(翻訳・吉原木子)