中国海警局は9月16日、南シナ海の係争地であるスカボロー礁(中国名・黄岩島)周辺で複数のフィリピン船舶に対して放水を行いました。フィリピン側はこれを「挑発的な行為」と非難し、漁業支援船が損傷し、一人が負傷したと発表しました。両国の外交関係は再び緊張しています。

 中国海警は声明で、当日10隻以上のフィリピン船が「違法に侵入」し、そのうち3014号の公船が警告を無視して意図的に海警船に衝突したと主張しました。中国側は音声による警告や航路制限、放水などの「管制措置」を取ったと説明しています。これに対し、フィリピン沿岸警備隊は「全く根拠がない」と反論し、当時同船は35隻の漁船への補給任務を実施していたと強調しました。フィリピン海事委員会も「虚偽の情報と宣伝に過ぎない」と批判しています。

 今回の事件の直前、中国政府は黄岩島を「国家級自然保護区」に指定すると発表しました。フィリピンは直ちに外交抗議を行い、主権侵害であり国際法違反だと訴えました。黄岩島は三角形の礁とラグーンから成り、面積は約150平方キロ。フィリピンの排他的経済水域(EEZ)内に位置します。中国は「黄岩島」と呼び、フィリピンは「パナタグ礁」と呼んでいます。

 しかし、今回の放水は一連の緊張の一部に過ぎません。8月11日には、同じくスカボロー礁付近でより深刻な事故が起きました。中国海警3104号船と中国海軍の052D型駆逐艦「桂林」が、フィリピン沿岸警備隊の巡視船「スルアン号」を追尾中に衝突し、海警船の船首が大きく破損して航行不能となりました。フィリピン側が公開した映像には、衝突直前に海警船の船首で複数の乗員が防護具を設置しようとしたものの避難が間に合わなかった様子が映っており、死傷者が出た可能性も指摘されています。

 事故当時、フィリピンの巡視船3隻は35隻の漁船を護衛して補給任務を行っていました。中国海警は放水を試み、駆逐艦「桂林」は航路を遮断するように接近しましたが、スルアン号が加速して回避したため、中国海警船と駆逐艦が自ら衝突する形になりました。衝突後、フィリピン側は無線で医療支援の提供を申し出ましたが、中国側は応答せず追尾を続けました。その後、中国は補給艦「洪湖」や複数の海上民兵船を出動させて救援活動を行いました。フィリピン議員は「中国側に死者が出た」と発言しましたが、中国政府は公式には何も発表していません。

 米国の専門家は、この事故は中国側の過度に攻撃的な戦術と連携不足が原因だと指摘しました。米国大使は「中国の無謀な行為」と非難し、フィリピン沿岸警備隊の冷静な対応を称賛しました。事故の数日後、米海軍の駆逐艦「ヒギンズ」と沿海域戦闘艦「シンシナティ」が黄岩島付近に展開し、少なくとも6年ぶりに米艦艇がこの海域で活動しました。フィリピンのマルコス大統領は、中方の過剰反応は自身の台湾問題に関する発言が「誤解」された結果だと説明し、戦争を望んでいないと強調しました。

 近年、同様の摩擦は絶えません。今年2月には中国海軍ヘリコプターがフィリピン漁業局の航空機に約3メートルまで接近しました。2024年には南沙諸島のセカンド・トーマス礁(仁愛礁)で補給船が中国側に妨害され衝突し、フィリピン兵士が重傷を負いました。さらに同年3月には放水で複数の負傷者が出て、4月にもスカボロー礁周辺で再び衝突が発生しました。2023年には海警がラグーンの入口に長さ300メートルの浮遊式バリケードを設置し、フィリピン漁民の進入を妨げましたが、フィリピン側はこれを撤去し、外交的に激しい対立を招きました。

 中国は「グレーゾーン戦術」と呼ばれる手法を多用し、放水、危険な操船、バリケード設置、航空機による威嚇などを組み合わせています。さらに、2021年の海警法で外国船舶への武力行使を認め、2024年には最長60日の拘留を可能とする規定を施行、2025年には黄岩島を自然保護区に指定しました。こうした一連の行動は国際法違反との批判を招き、緊張を一層高めています。

 問題はフィリピンにとどまりません。インドネシアはナトゥナ諸島周辺で中国海警を繰り返し排除し、ベトナムも中国の調査船が自国の近海に入ったことに抗議しました。南シナ海は世界で最も重要な海上交通路の一つであり、年間総額3兆ドルを超える貨物が通過するため、偶発的な衝突でも国際的な影響は甚大です。

 2016年、ハーグの常設仲裁裁判所は中国が主張する「九段線」に国際法上の根拠はなく、スカボロー礁にも主権は認められないと裁定しました。しかし中国はこれを受け入れず、引き続き海警や軍艦を展開しています。中国は南シナ海のほぼ全域に主権を主張していますが、これはフィリピンのほかベトナム、マレーシア、ブルネイ、インドネシアの排他的経済水域と重なり、領有権問題は長年未解決のままとなっています。南シナ海の緊張は累積し続け、スカボロー礁や仁愛礁といった焦点海域は偶発的な衝突が発火点となり得る危険地帯となっています。

(翻訳・吉原木子)