中国で9月1日から電動自転車の新たな国家基準が施行されました。その中で最も注目を集めているのは、時速25キロを超えるとモーターが自動的に停止するという規定です。電動自転車は中国で最も普及している移動手段で、外見は日本の原付スクーターに近いですが、中国では法律上は自転車に分類されています。全国ではすでに3億台以上が利用されており、都市から農村まで生活に欠かせない乗り物となっています。

 中国当局は、この規定を「安全を守るための絶対的なライン」と位置づけ、スピード超過による事故を減らす狙いを強調しています。背景には、電動自転車の普及に伴って交通事故が相次ぎ、秩序改善が差し迫った課題となってきた事情があります。しかし、この新基準は市民の生活に直結するため、社会の受け止めは大きく二分されました。「ようやく無秩序な走行が抑えられる」と支持する声がある一方で、「都市生活の実情を無視した奇妙な規制だ」と反発する意見も多く、政策の是非をめぐって激しい論争が広がっています。

安全を優先した「強制ルール」

 近年、中国では電動自転車が爆発的に普及しています。工業情報化部の統計によると、全国での保有台数は3億台を超え、ほとんどの家庭に1台はある計算です。価格が手頃で利便性も高く、都市から農村まで広く使われています。

 しかし、普及と同時に事故件数の多さも深刻な問題となってきました。公安部交通管理局によれば、2023年に電動自転車が関わった交通事故は全国で3万件を超え、その多くがスピード超過や改造と関係していました。特に都市部では、通勤時間を短縮しようと自動車用の車道でスピード違反をし、車と競り合うように走る姿も珍しくありません。

 こうした背景を踏まえ、新基準で速度上限を時速25キロに設定し、それを超えた時点でモーターを自動停止させるよう義務づけたのは、規制当局が技術的な仕組みを通じてリスクを減らそうとする試みなのです。

移動効率と安全のはざまで

 しかし、紙面上の安全設計がそのまま現実に適用できるとは限りません。

 多くの人にとって電動自転車は単なる近距離の移動手段ではなく、通勤や生計を支える重要な役割を担っていす。特に大都市では、通勤距離が10キロを超えることも珍しくありません。時速25キロに制限されれば、移動時間は大幅に増えてしまいます。

 さらに深刻なのは物流業界です。宅配便やフードデリバリーの配達員は、ほぼ全員が電動自転車を利用しています。速度が25キロに制限されれば、同じ注文をこなすのにより多くの時間と体力を費やさざるを得ません。景気が低迷する今、これは彼らのわずかな収入をさらに削ることにつながります。

 北京のある配達員はSNSでこう嘆いています。
 「1件配達するのに信号を3回も無理に突っ切らなければならない。25キロじゃ自分で走ったほうが速い。時間切れで客から悪い評価をもらい、罰金を科されたら、俺たち配達員はどうすればいいんだ」

 また、都市と農村が入り混じる地域や地方都市では、市民が長距離を移動することも多く、25キロの制限は「遅すぎる」と受け止められています。ネット上では「約6万円(3000元)も出して買った電動自転車が、自転車より遅いなんて」と皮肉る声も上がっています。

「断電」で本当に解決できるのか

 技術的に見れば、断電による安全策にもリスクがあります。一定の速度を超えるとモーターが突然止まり、急に減速する恐れがあるからです。追い越しや坂道走行、複雑な交差点で失速すれば、かえって事故につながりかねません。

 また、規制強化は改造市場を刺激する懸念もあります。これまでも一部の利用者はスピードリミッターを外して規制を回避してきましたが、新基準が導入されれば、こうした行為はさらに広がる可能性があります。需要がある限り、リスクを冒してでも改造を請け負う業者は現れるでしょう。規制当局は、それを取り締まるだけの人員や技術を本当に持ち合わせているのでしょうか。

 さらに重要なのは、交通事故の原因が速度だけではないという点です。逆走、信号無視、自動車レーンの占有、飲酒運転など、こうした行為こそ大きな要因です。技術的な規制に頼るだけでは根本的な解決にはならないのです。

数字の裏にある社会の矛盾

 浙江省杭州市では警察がこんな事故を公表しました。改造した電動自転車で時速50キロ以上を出していた男性がカーブで操作を失い、横断中の歩行者に衝突しました。その場で歩行者が死亡しました。調べると、この自転車は本来25キロ設計だったものを、持ち主が違法に改造していたのです。この事故が、中国当局が「強硬な速度規制」を打ち出す大きな根拠となりました。

 一方で現実の生活は別の問題を突きつけています。上海のあるフードデリバリー配達員は取材にこう語りました。「配達の報酬は時間と距離で決まる。プラットフォームは30分以内の配達を求めるが、25キロに制限されたらまず無理だ。安全を軽視しているわけじゃない、危険を承知で走らされているんだ」

 調査では、6割を超える配達員が「速度規制は収入に直結する」と答えており、業界から離れる人も出始めています。

 広東省東莞市のある保護者もインタビューでこう嘆きました。
 「子どもの学校まで片道8キロある。以前は電動自転車で10数分だったが、今は20分以上かかる。朝の登校時間は余裕がないのに、この速度制限は現実的ではない」

 同じ規制でも立場によって受け止め方は大きく異なります。歩行者にとっては安全性が高まる一方で、電動自転車に生活を頼る人や長距離通勤を強いられる人にとっては、暮らしの負担が一層重くなるのです。

ネット世論の分裂 安全か効率か

 賛成派の声。
 「電動自転車のマナー違反はひどすぎる。25キロ制限でちょうどいい。事故は確実に減る」
「うちの団地の前では毎日のように電動自転車が猛スピードで突っ込んでくる。制限は彼ら自身を守ることになる」

 一方、反対派はこう訴えます。
 「都市は広すぎる。25キロではまったく足りない。どうせまた役に立たない規制になる」
 「自転車だって時速27キロ出せるのに、なぜ電動自転車は止められるんだ?」

 こうした意見の対立は、政策が抱える根本的な矛盾を浮き彫りにしています。つまり、安全と効率のバランスです。管理当局にとって事故率の低下は実績となりますが、一般市民にとっては移動の効率や収入の確保こそが切実な問題なのです。

 電動自転車が中国でここまで普及したのは、人々の基本的な移動需要を満たしたからです。もし政策決定者が利用者の多様な事情を考慮せず、安全だけ、あるいは効率だけに偏れば、今回の規制はむしろ「規制すればするほど混乱が広がる」という逆効果を招きかねません。

(翻訳・藍彧)