今年の夏、中国の観光業は「書き入れ時あったにも関わらず業績不振となり、」予想外の事態に陥りました。表面上は全国の駅や空港が依然として人で溢れ、航空旅客数は前年比で6%以上増加し、鉄道の利用者数も6億人を突破しました。オンライン旅行プラットフォームの予約件数も増加しており、景気がよく勢いづいている様に見えます。しかし、実態は大きく異なり、多くの観光地や民宿、ホテルの利用客数は2割以上減少し、稼働率は大幅に落ち込んでいます。価格も軒並み下落しました。事業者からは「かつては夏の予約は春節の帰省ラッシュのように殺到していた。しかし、今は在庫処分のように価格を安くして運営している。」といった声が上がっています。
中国国内の旅行者の間では「節約志向の旅行」、いわゆる「貧乏旅行」が広がっています。青海省の茶カ塩湖では、人々が長蛇の列を作って入場していました。しかし、入場後の人々に消費額はミネラルウォーター1本にも満たない金額でした。関係者は「ここはもはや観光地ではななく駐車場のようだ」と嘆きました。若者の間では、冗談めかし、「入場料が20元約400円を超える観光地は自由にもうけようとしている資本主義の罠だ。」と揶揄する声もあります。若者達は、無料の博物館を巡ったり、古代スタイルの街並みで写真だけを撮り、帰る事が一般的になっています。浴場を利用しながらの車中泊も増えており、経済的な事情から「できる限り出費を抑える」という行動様式を生み出しています。
こうした状況は業界全体に深刻な打撃を与えています。重慶市仙女山のリゾート区マネージャーは「今年の夏は稼働率が2割ほど落ち込んだ。例年は交通渋滞が頻発していた山道も閑散としている」と語りました。農家レストランを営む謝秀さんも「十数年の経営で最も悪い夏だった」と話し、「週末でさえ満室にならなかった。収入は少なくとも3割減った。」と明かしました。このような「冷え込み」は西部の山間部だけでなく、北京や上海、三亜といった大都市の観光業者の間でも広がっています。
この消費の落ち込みは業界大手の財務諸表にも表れています。中国旅游グループ中免股份有限公司(通称「中免」)が発表した2025年上半期決算では、売上高が前年比で約1割減、純利益は20.8%減となり、主要な財務指標はすでに6四半期連続でマイナス成長となっています。中免の中核事業である海南島の免税売上も9.2%減少し、購買者数は26.2%減と大幅に落ち込みました。多くの免税店関係者は「一時的な落ち込みにとどまらず、全体的な消費のダウングレードを反映している」と指摘しています。
近年、中国経済は減速を続け、国民の資産は縮小、住宅価格の下落が続く一方で、企業倒産やリストラが相次ぎ、医療・教育・老後といった「三大負担」が重くのしかかっています。将来への不安が消費意欲を削ぎ、旅行や贅沢品といった非必需支出が真っ先に抑制される傾向が強まっています。そのため観光業は「繁忙期でも盛り上がらない」という深刻な状況に陥っています。
こうした全体的な消費ダウングレードの背景のなかで、読者からはしばしばこんな疑問が寄せられます。「それならなぜ中国人観光客が日本にこんなに多く訪れているのか?」これは、一見すると矛盾した現象ですが、そこには中国社会の富裕層と貧困層という経済格差の二極化が反映されています。大多数の庶民が国内旅行で節約に徹し、いわゆる「貧乏旅行」を選ぶ一方、他方では人口規模の大きさから、富裕層が少数派であっても絶対数としては膨大な数であり、彼らが海外旅行市場を支えています。中には年に何度も日本を訪れ、高額消費を繰り返す人も少なくありません。
加えて、円安の進行が中国の富裕層にとって大きな魅力となっています。中国国内では高額なラグジュアリーブランド品が、日本では割安に購入できます。その為、依然として「越境して買ったほうが得」という心理が働きます。かつての「爆買い」現象ほどではないにせよ、その延長線上にある購買行動は今も続いています。
さらに、日本はここ数年で中国人向けに複数回入国可能なビザを緩和し、最長10年の長期ビザも一部で認められています。北京から東京までのフライトはわずか3時間半ほどで、移動の負担も小さく、文化的にも親近感があるため、旅行先として選ばれやすい状況にあります。
また、一部の富裕層は短期旅行だけでなく、日本での不動産購入や長期滞在、教育・医療利用といった目的で繰り返し訪日しています。円安や社会インフラの安定性がこれを後押しし、日本市場にとっては観光消費の安定要因になっています。
つまり、中国国内では「低予算旅行」が流行し、消費の冷え込みが観光業界全体を苦しめている一方で、富裕層は依然として旺盛な購買力を発揮し、日本旅行を繰り返しているのです。国内旅行市場が冷え込むなか、海外旅行市場、特に日本への旅行需要が相対的に目立つのは、中国社会の経済の二極化を如実に映し出す現象だと言えます。
(翻訳・吉原木子)
