2025年5月、中国当局は史上最も厳しいとされる禁酒令を発表しました。この新たな規定では、公務に関連する業務用の食事で高級料理やたばこ、酒類の提供が明確に禁止されました。禁令は、公的な接待における飲酒行為を厳しく制限するだけでなく、公務員が勤務時間外に行う食事会での飲酒にまで監督の範囲を広げています。
一部の地域ではさらに規制を強化し、実施の厳格化がエスカレートされたことで、広く注目されています。
官僚での飲酒事故が相次ぐ 当局が整頓に乗り出す
複数のメディアによると、この禁酒令の背景には、最近中国各地で発生した公務員の飲酒に起因する医療事故の多発があるといいます。たとえば、湖北省黄梅県(こうばいけん)では元県党委員会常務委員が宴席で過度に飲酒し、命を落としました。安徽省宿松県(しゅくしょうけん)でも、ある幹部が会食中に酒を飲み、むせて窒息死したという事例が報告されています。
これらの事件を重く見た中国当局は、党政機関における業務食の基準を改め、「勤務中の飲酒は禁止」「公務接待ではたばこや高級料理の提供を認めない」といった方針を明確に打ち出しました。規制の対象はさらに、国有企業、公益法人、軍隊、銀行、学校、そして地域の団体にまで拡大されています。
一部地域では、業務時間中の飲酒禁止にとどまらず、職員の私的行動にまで規制が及んでいます。「3人以上の公務員による会食は禁止」「退勤後の飲酒も違反と見なす」といった規定を出す地域もあり、ある機関では顔認証システムやアルコール検知器を導入し、職員の飲酒状況を24時間体制で監視しているとのことです。
飲食業界が直撃 営業継続が困難に
この禁酒令の最も直接的な被害者は、公務による消費や会食文化に依存してきた中高級飲食業界です。安徽省、河南省、湖北省などでは、星付きホテルや高級レストランで来客数が激減し、売上が急落するケースが相次いでいます。
これまで夕食や酒類の提供で売上を支えていた飲食店では、金曜夜の着席率が従来の半分以下にまで落ち込んでおり、いくつかの店舗は通常の食事時間の営業ではやっていけず、朝食・ファストフード・屋台などに業態転換を余儀なくされる状況です。
河南省信陽市のネットユーザーによれば、同市の四つ星ホテル「中楽百花」や「ウィンダムホテル」は、玄関前に屋台を出し、安価な中華肉まんや弁当、煮込み料理などを販売するまでになっています。
安徽省合肥市の消費者はこう話します。「あの大型リゾートホテル聚紅盛(じゅこうせい)まで路上に屋台を出していた。野菜の盛り合わせが10元(約220円)、豚レバー1皿が15元(約330円)、煮込み専門店よりも安かった」
これらの都市では、大型ホテルが低価格戦略を展開したことで深刻な「価格下落競争」が引き起こされました。一部の小規模飲食経営者は、「高級ホテルのシェフとチームが街頭市場に流れ込んできたことで、従来の屋台商圏が圧迫され、わずかな客さえも奪われている」と苦境を訴えています。
また、代行運転、酒類販売、宴会企画など飲食業に連なる他業種も需要の急減を感じており、飲食関連の産業チェーン全体に深刻な打撃が広がっています。
過剰な締め付けに社会の不安が広がる
中国当局は「禁酒はしても会食は禁止していない」と強調していますが、各地では「緩めるよりは厳しく」という方針のもと、極端な執行が横行しています。多くの地域で、公務員の食事会に対し「ゼロ容認」の姿勢が取られ、処罰も細かく厳格です。
たとえば、安徽省のある銀行では、顧客と一緒にラーメン店で食事をしたという理由で、二人の営業担当が3000元(約6万6千円)の罰金を科され、支店長も連帯責任を問われました。山東省では3人の公務員が昼食に火鍋を食べたことで懲戒処分を受け、貴州省畢節市(ひっせつし)では、公務員の飲酒行為を住民が通報できる専用のプラットフォームまで開設されています。
さらには、焼き物屋台に顔認証システムを導入して公務員かどうかを識別したり、無人機を飛ばしたりして空から監視するなど、過剰ともいえる取り締まりが行われています。
このような状況に対し、国民からは不満の声が噴出しています。
「今では、友人との集まりや家族の会食にまで影響が出ている。多くの飲食業仲間が怯えるように営業していて、最近は予約率も宿泊予約も売上も、すべて目に見えて落ち込んでいる」
民生が「二次的被害」に直面 高級酒が危険物に
禁酒令の目的は官僚の規律を正すことだったかもしれませんが、その波及効果は予想を遥かに上回るものとなっています。とりわけ三四線都市では、公務員の安定した所得が地元の消費市場を下支えしており、その消費力が失われたことで、多くの飲食店が倒産の危機に追い込まれています。
ある飲食店経営者は「一人の公務員が外食をすることで、間接的に三人のサービス業者の雇用が生まれる」と指摘します。しかし今、その主力客層が消え、多くの店が営業継続の瀬戸際に立たされています。
飲食業界全体に暗い空気が広がっています。ある店舗オーナーはこう話します。
「コロナ禍の3年間はなんとか耐え忍んできた。でも、今回の禁酒令で、再起の望みすら見えなくなった」
営業成績が落ち込んだ結果、連日来店ゼロという店も出てきています。
(男性)「ちょっと見てください。今(夜)6時4分だ。個室にお客さんがいるか見てみよう。誰もいない、全部空っぽ。ここも空いてる。こっちも空いてる。なんてこった」
ある中華料理店のシェフは「以前は厨房に料理人が3、4人いたのに、今では自分と女将だけ。もう持ちこたえられない」と嘆いています。
業界の一部からは「政府は公務と私生活の境界線を明確にすべきで、反腐敗政策が生活禁止令と化してはならない。国民の正常な社交や暮らしへの信頼を損なっている」といった声も上がっています。
また、白酒業界も深刻な打撃を受けています。かつて高級飲食の定番であった茅台(マオタイ)などの銘酒は、今では多くの飲食店が危険物として避ける存在となりました。白酒の卸売業者は小売販売への切り替えを余儀なくされ、価格体系にも混乱が生じています。
成都市にある五粮液(ウーリャンイエ)の専売店責任者は「公務用のまとめ買いルートはほぼ停止状態で、全体の売上は明らかに下がっている」と述べました。茅台社も最近の株主総会で、例年通りの酒の提供を取りやめ、代わりにセルフサービスの軽食を出す方針に変更しました。
広がる禁酒の嵐、その代償は
禁酒令の徹底が進む中で、世論からは「やりすぎではないか」との疑問の声が強まっています。この政策はもともと官僚の規律を正すためのものであったはずが、今や社会全体の市民生活を制限する禁酒の嵐へと変質しつつあります。
一部の評論では、現在の厳しい財政状況のもと、禁酒令が「官僚の私的な交流を断ち、情報の流通を抑える」政治的目的も担っているのではないかと指摘されています。
しかし、疑いようもなく、この嵐の中で最も大きな代償を払っているのは飲食業界です。とりわけ中小企業にとっては、これが生き残りをかけた最後の闘いとなるかもしれません。
(翻訳・藍彧)
