たった3分で1食が完了します。1日分の栄養がわずか30元(約650円)で満たせます。これが今、中国のネットで話題になっている「人間用飼料(人饲料)」です。
ネット上では次のような言葉が広まっています。「私たちに必要なのは食事そのものではなく、そこに含まれる栄養だけだ」。この一言が、今の中国で流行している「人間用飼料」現象を見事に言い表しています。
この風潮は中国社会に大きな論争を巻き起こしています。「これはまるで大恐慌や終末の時代に現れるような代物だ」と嘆くネットユーザーもいます。
職場の若者たちは「食事」をスキップ
オフィスの自席で、若者が容器を取り出し、ぬるま湯で粉を溶かしてかき混ぜ、糊状のものをかき込んでいます。これはいわゆる「ダークフード」ではなく、若者の間で流行っている「栄養粉末食」という食事法です。
これが、今注目されている「人間用飼料」の代表例です。3分あれば昼食が済み、手軽で、安価で、栄養もあるといわれています。
販売業者によれば、この粉末には、たんぱく質、脂肪、ビタミンなど40種類以上の栄養素が含まれており、30元(約650円)ほどで1日分の必要なエネルギーが摂取できるとのことです。
中国の一般労働者は、すでに昼食を取る時間すら確保できないほど搾取されており、早朝から深夜まで働き、残業は日常的です。昼食の時間も分単位で切り詰められています。こうした状況の中、「栄養粉末食」は「食事を取る時間がない」という若者たちの苦境にぴったりとはまっているのです。
「栄養粉末食」は2015年に誕生し、創業者はプログラマーの邵炜(シャオ・ウェイ)です。彼は長年の激務と夜更かしが原因で健康を害し、高脂血症や脂肪肝と診断されました。
彼にとって一番の悩みは、昼休みが短く、エレベーター争奪戦や昼食の列に並ぶことに時間を取られることでした。「ならば、栄養を取りながら時間も節約できる食べ物を自分で作れないか?」そんな発想から「火を使わず、洗い物も不要、並ばず食べられる、開封即食」の「人間用飼料」が生まれたのです。
「家の犬が羨ましい。ドッグフードを食べているだけで健康に暮らしている」。これは「栄養粉末食」のキャッチコピーの1つです。現在、固形・液体・粉末の3タイプが販売されており、さまざまな人に対応しています。
ネットユーザーのコメント:
「今の競争過剰は、食事すらも体の充電みたいになってしまった」
「チャップリンの『モダン・タイムス』を超えたね。自動給餌機まであれば、あと1分節約できる」
「人間用飼料」の本質とは労働者の尊厳が失われる時代
「人間用飼料」とは、企業が効率を追求する中で生み出した「時間圧縮食品」にほかなりません。それは、労働者から「咀嚼(そしゃく)の権利」と「食事の尊厳」を奪いながらも、驚くべき販売成績を記録しています。販売開始から72時間で2万4000食が売れ、平均して毎分16人が購入している計算になります。
外食と比べると価格は半分以下です。数元(数百円)で1食分、十数元(約300〜600円)で1日分の栄養が得られます。
しかし、「人間用飼料」の本質は、ドッグフードや豚の飼料とほとんど変わりません。企業は栄養素をうたい文句にしていますが、実際のところ「食べ物」と呼べるものではなく、労働者の「最低限の食事の権利」すらコスト削減の対象にされているのです。
これを「代替食」と誤解する人もいますが、両者は全く異なります。代替食はダイエット志向の人向けで、満腹感を重視しています。一方、「人間用飼料」は、粉末を湯に溶かすだけのもので、飲料に近く、命をつなぐための「最低限の手段」にすぎません。
「人間用飼料」には健康面での懸念もあります。通常の食事は多様な食材から栄養を得られますが、「人間用飼料」は人工的に合成した栄養素の組み合わせにすぎません。現時点では、それらの成分が体内で適切に吸収され、正常に機能するかを裏付ける公的な研究結果はありません。仮に吸収がうまくいかなければ、逆に栄養失調を招くおそれもあります。
また、一部のメーカーは、味や売上を重視して香料や着色料などの添加物を加えています。添加量は規制の範囲内とされていますが、長期的な摂取による安全性は依然として不明です。
流行の裏にある労働者の悲哀
「人間用飼料」の流行の背景には、労働者の深い無力感が隠されています。
もはや「朝9時から夜9時まで、週6日勤務」すら甘いとされ、朝9時に出社して夜11時まで企画書を直し、午前1~2時まで残業するのが当たり前となっています。週末すら24時間待機という職場も珍しくありません。
通勤に2時間、睡眠は5時間、労働14時間、食事や娯楽に使えるのはわずか3時間です。これが現代のビジネスパーソンの現実です。そんな中、「人間用飼料」は外食より安く、調理済み食品より手間がかからないため、多くの人が仕方なく選んでいます。
ネット上では「断食の丸薬がほしい」「点滴で栄養摂取できたらもっと効率的」といったブラックユーモアも出回っています。一見冗談のように見えても、実際には現実への諦めと妥協を映し出しています。
彼らは、搾取される立場を変えることができず、ただ冗談で自分を慰めるしかありません。人間用飼料を口にすることにも慣れ、仕事漬けの毎日にも自然と慣れていってしまいます。かつては家族で食卓を囲んでいた人たちが、今や食事を「飼料」に置き換えざるを得ない状況にあるのです。
「健康」さえも奪われる労働環境
「人間用飼料」や調理済み食品が流行する背景には、企業の論理だけでなく、人々の食欲低下や自己搾取の習慣化もあります。努力を重ねても昇進が約束されない中、若者たちは「健康診断の結果」が唯一の「成果」として手元に残るのです。
中国青年報の調査によると、身近に職業病を抱える人が「多い」と答えた人は88.6%に上り、「かなり深刻」とした人も33.6%にのぼりました。つまり、街中で10人に声をかければ、9人が職業病に悩んでいるという計算になります。
近年も、南京市で17歳の少年が8時間のライブ配信後に突然死、合肥では23歳のデザイナーが長時間労働で急死、北京では28歳のプログラマーが勤務中に心停止、青島では8日間で41時間の残業後に亡くなるなど、痛ましい事件が相次いでいます。
あるリピーターはこう語ります。「人間用飼料を一口食べたとき、人生が終わった気がした。でもどうしようもないのだ」。
あるネットユーザーは皮肉を込めてこうコメントしました。「こんな社員が社長は一番好きだろうね。『自己養殖型人材』だもの。休憩時間すらいらない」
時代は進んでいるように見えて、「人間用飼料」の流行は私たちに根本的な問いを突きつけています。これは本当に「進歩」なのでしょうか? それとも「退化」なのでしょうか?
人間には一日三食を楽しむという、ささやかで幸福な権利があります。しかし、資本主義の圧力の中で、人々はその尊厳さえも放棄し、生きるためだけに「飼料」を選んでいるのです。
もし人々が、自分自身を「止まらない機械」のように扱い続けるなら、それは「飼料で働かされる家畜」と何が違うのでしょうか。
(翻訳・藍彧)
