中国共産党政権に対する国民の信頼は、いまや危機的な水準まで低下しています。広東省では6月上旬から断続的に続く集中豪雨が河川の氾濫と土砂崩れを引き起こし、肇慶市懐集県や英徳市西牛鎮など各地で住宅の一階部分が完全に浸水しました。広東省非常事態管理庁によりますと、19 日までに少なくとも 12 万世帯が避難を余儀なくされ、直接的な経済損失は 43 億元(約 950 億円)に上っています。それにもかかわらず、中国本土のSNSでは「寄付は要りません。お気持ちだけで十分です。どうせ被災者の手元には届きませんから」という投稿が相次いでいます。
19 日夜、中国版TikTok「抖音(ドウイン)」の配信者・高脚杯さんが「寄付しないでください」と題する生配信を行いました。実況映像の背景には、腰まで泥水に浸かった老夫婦がロープを伝って避難する様子が映し出され、高脚杯さんは「支援をお考えくださるなら、米、飲料水、粉ミルク、女性用衛生用品、子ども用の衣類など具体的な物資を直接送ってください。寄付金は行政ルートを通るうちに目減りし、最終的に被災者には届かないか、わずかな現物に姿を変えるだけです」と訴えました。
配信直後からコメント欄には切実な声が殺到しました。懐集県在住というユーザーは「先週の増水で家が全壊し、家族5人で体育館に身を寄せています。でも寄付は要りません。私たちには届きませんから」と記し、英徳市西牛鎮の別のユーザーは「水はようやく引き始めましたが、町の配給所で受け取れたのはペットボトル水1本だけでした。どうか皆さん自身の生活を大切にしてください」と寄付辞退の姿勢を強調しました。 さらに「寄付しても犬のエサになるだけだ」「前回の洪水では消毒液1本で終わった」という過去の体験談も相次いで書き込まれ、不信の根深さが浮き彫りになっています。
こうした不信を語るうえで、2011 年の「郭美美事件」を避けることはできません。当時 20 歳だった郭美美(本名・郭美玲)さんは、中国紅十字会の関連企業「中紅博愛資産管理有限公司」の肩書きを名乗り、微博でマセラティやランボルギーニ、高級バッグ「バーキン」などきらびやかな私生活を連日投稿しました。彼女は紅十字会の正式職員ではなかったものの、「慈善団体の幹部が寄付金で豪遊している」というイメージが瞬時に定着し、紅十字会は十分な説明責任を果たせずに世論の激しい糾弾を浴びました。その結果、同会への寄付額は翌 2012 年に前年比で半減し、他の慈善団体も含めた中国全体の寄付市場は急速に萎縮しました。メディア調査によると、事件前に 180 億元規模あったオンライン寄付は、事件後1年で 70 億元台まで落ち込み、多くのNGOが資金難に陥ったとされています。
郭美美さんは 2014 年には違法賭博サイトの運営で逮捕され、2015 年に懲役 5 年の実刑判決を受けました。2019 年に出所後も派手なSNS発信を続け、2021 年には違法成分シブトラミンを含むダイエットサプリをライブコマースで販売したとして再逮捕され、懲役 2 年 6 か月の実刑が確定しました。彼女に関するニュースが報じられるたび、「寄付金がまた誰かのバーキンに化ける」という皮肉が飛び交い、慈善に対する信頼回復をいっそう困難にしています。
こうした背景のもと、今年の広東水害でも行政ルートを経由した支援には冷ややかな視線が注がれました。広州在住のフリーライター呉さんは「寄付サイトにアクセスして決済ボタンをクリックするだけでは、支援した実感がありません。被災地へ直接送り状をつけて物資を送るほうが確実だと思います」と話します。実際、広東省外の民間ボランティア団体は、被災者名簿を独自にまとめ、必要な家族構成やアレルギー情報を聞き取りながら、米袋やベビーフード、糖尿病患者用の低糖食品まで品目を細分化して個別配送する手法を採っています。
一方で、政府への不信は経済的苦境とも連動しています。上海市の元会社員・郭さんは「コロナ禍以降、私の年収は 30%近く目減りしました。物価は上がり続け、家計に余裕はありません。寄付の前にまず自分の生活を守らねばならない人が増えたのです」と語ります。広東省の個人経営者である陳さんも「税負担が年々重くなり、今年は社会保険料の優遇も打ち切られました。寄付しろと言われても、その余力がありません」と嘆きました。
2024 年6月以降、湖南省華容県や平江県では堤防の決壊やダムの緊急放水が相次ぎ、延べ 72 万人が避難しましたが、民間寄付額は 2016 年比で3割以下に落ち込んでいます。被災地入りしたボランティアは「『一方に難あれば八方より支援あり』という言葉は、もはや教科書の中にしか残っていません」と語り、支援物資集積所で配られたのはミネラルウォーター1本と新品の軍手だけだったと明かしました。
今回の広東水害でも、政府主導の募金窓口は設けられましたが、SNS上の「寄付しないで」という声は沈静化していません。コメント欄では「中央アジアには 150 億元を援助しながら、国内の災民には数百元も惜しむのか」「共産党は私たちの税金で豪華パレードをする一方、被災地には乾麺すら行き渡らない」といった批判が噴出しています。
中国共産党が長年掲げてきた「人民のため」というスローガンは、既に多くの国民にとって空虚なレトリックとなりました。支援はもはや「お金を託す」行為ではなく、「必要とする人に直接手渡す」という実践的な姿勢へと変容しています。郭美美事件が植え付けた“慈善=私物化”のトラウマは今なお癒えず、今回の広東水害はその深い傷跡を再確認させる出来事となりました。政権の道徳的正当性は音を立てて崩れ続け、国民の信頼は加速度的に失われています。
(翻訳・吉原木子)