先月、タイのバンコクで発生した大規模なビル崩壊事件をめぐって、現地の捜査当局は4月19日、施工を行っていた中国国有企業「中鉄十局」の幹部を逮捕しました。外資系企業に対する規制を潜脱するため、タイ人の名義を不正に使用していたなどの疑いが持たれています。

 逮捕されたのは、「中鉄十局」の現地法人に務める中国人幹部・張伝令(ちょうでんれい)容疑者です。現地メディアによると、張伝令容疑者はバンコク市内のホテルに滞在していたところ、タイの特別捜査局(DSI)に身柄を拘束されたとのことです。

 47人の死者と大量の行方不明者を出した原因となったビルは、中国の「中鉄十局」と、タイの大手建設会社「イタリアン・タイ・デベロップメント」が共同で手がけていたものでした。初期調査の結果、事故の原因は、規格を満たさない違法な鉄筋を使用していたことだと考えられています。

劣悪鉄筋が倒壊の引き金に

 ミャンマーを襲ったマグニチュード7.7の大地震の震源地は、タイ・バンコクの近郊でした。その影響により、バンコク中心部に建設中だった監査委員会の新庁舎ビルが崩壊し、大惨事となりました。

 事故現場は、カムペーンペット通り沿い、クルンテープ・アフィワット中央駅のすぐ近くで、週末には多くの人が集まるチャトチャック・ウィークエンド・マーケットにも隣接しています。

 ビルの総工費は21億3600万バーツ、日本円にしておよそ91億円に上ります。2020年に工事が始まり、2024年4月には上棟を終えていました。倒壊当時は外装工事と内装工事の真っ最中でした。

 事故発生後、タイ工業省は現場から6種類の鉄筋サンプルを回収し、タイ鉄鋼協会に検査を依頼しました。その結果、3種類のうち1種類で規格違反が確認されたとのことです。

 報道によると、倒壊したビルで使用されていた鉄筋は、「新科原スチール社(Xin Ke Yuan Steel Co Ltd)」が供給したものでした。この会社はタイ東部のラヨーン(Rayong)県に所在し、2024年末には複数の安全対策違反や環境保護法違反を理由に操業停止処分を受けていたことが明らかになっています。

 さらに、タイ商務省の調査記録によれば、この鉄鋼会社の筆頭株主は中国国籍の人物であり、他にも多数の中国人が小口株主として名を連ねています。そのため、中国企業が意図的に資材の品質を落とす「手抜き工事」を行っていたのではないかという疑いが持たれています。

「名義貸し」で規制潜脱か

 タイ警察が中鉄十局のタイ現地法人の登記情報を調査したところ、名義上の株式構成は、タイ人が51%、中国側が49%となっていました。タイ人の株主は3名、中国側の株主は張伝令容疑者1名のみという構成です。

 しかし、警察の調査により、タイ人株主らの資金力や経済状況が、持株比率に見合っていないことが判明しました。会社の資金の大半にあたるおよそ20億バーツ(約85億円)は実質的に中国側の資本であり、タイの外資規制法の規定を潜脱するための名義貸しが行われていたとの疑いがあります。

 そして4月19日、タイ司法省は、中国籍の張伝令容疑者をバンコク市内のレストランで逮捕したと発表しました。張伝令容疑者は中鉄十局のタイ現地法人の取締役の一人であり、タイ人名義で株式を取得していたとして、「外国人営業法」第37条および第41条に違反した疑いがかけられています。

 警察によると、張容疑者は私服姿でホテルに滞在しており、突如現れた警察官に驚きの表情を見せたといいます。張容疑者は通訳と弁護士が到着するまで、取り調べには応じない姿勢を示したとのことです。

証拠隠蔽図る中国人社員

 現地メディアの報道によると、今年3月29日、バンコク警察は市民からの通報を受けて、倒壊したビル建設現場に無断で立ち入った中国籍の男ら4人を拘束しました。警察の発表によると、男らは許可を得ずに倒壊した建物の中に侵入し、合計32点の書類を持ち出そうとしていたことが判明しました。書類は警察に押収され、その中には、建設業者の契約内容や工事関連の資料、施工計画などが含まれていました。

 調査の結果、4人はいずれも同じ建設会社に所属し、合法的な就労ビザを所持していました。警察の取り調べに対し、うち1人は「自分はこの建設プロジェクトの現場責任者である」と話しました。

 倒壊現場はバンコク市政府によって災害管理区域に指定され、無断での立ち入りは禁止されていました。男性従業員らは起訴され、現地の裁判所は4月1日、ビル敷地内に許可なく立ち入ったとして、4人に禁錮1カ月(執行猶予1年)と罰金3千バーツ(約1万3千円)を科しました。

ビル倒壊の「連鎖反応」

 今回のバンコクでの大規模なビル倒壊事故は、中国企業が手がける建築物の品質や安全管理体制の脆弱さを浮き彫りにしただけでなく、中国国有企業の法令順守意識の低さが露呈する結果となりました。

 タイ警察は現在も捜査を継続しており、入札の談合や施工の不正といった、さらなる違法行為の可能性について追及を進めるとしています。

 事故に関連して、建築監理に名を連ねていたタイ人技術者のソムキアット・チューサンソック氏は、現地の捜査当局の調べに対し、「過去5年間、この建物の設計変更に関する書類に、自分の名前が無断で使われていた」と証言しました。さらに、「自分はこの建設に一切関わっておらず、サインは完全に偽造されたものだ」と断言しています。また、別の技術者も、自分の署名がビル建設プロジェクトで不正に使われたと主張しています。

 こうした中、在タイ中国大使館は中鉄十局を擁護する声明を発表し、「施工および資材の使用は契約や法令、技術基準に則って行われており、工事の品質は十分に確保されていた。調査にも全面的に協力する」と主張しました。さらに、「不正行為があれば法に則って対処すべきだが、根拠のない中傷には反対する」としています。

 タイの特別捜査局は、中鉄十局のタイ現地法人および関係企先に対して家宅捜索を行い、大量の書類やデータを押収しました。監理技術者の署名に関しても、実際の責任者を特定するため関係者への聴取が続けられています。

 特別捜査局はタイ人株主3名に対しても逮捕状を発行しました。監査委員会の新庁舎に関する入札案件について、談合や施工不良の疑いがあるとして、今後も捜査を継続していく方針です。

 4月22日時点で確認された死者は47人に上り、今も47人の行方が分かっていません。今回の大地震により、タイでは多くの建物が外壁の崩落などの被害が出たものの、倒壊したのは中鉄十局が手がけるこのビルだけでした。

 かつて「中国の名刺」と誇らしげに語られた象徴的な建設プロジェクトでしたが、今では中国企業の違法行為と不正の象徴として認識されるようになりました。

 そして、この一件は、道徳や人間性を無視した中国共産党の独裁体制のもとで、人命がいかに軽視されているのかを如実に物語っています。

(翻訳・唐木 衛)