10年近く工事が停止していた「高銀金融117ビル(天津117大厦)」が、中国建設市場監督公共サービスプラットフォームの公式サイトにて、4月中旬に建設許可証の情報をひっそりと更新し、4月30日から工事を再開し、2027年4月の完成を目指すことが発表されました。この動きはすぐにSNS上で大きな話題を呼びました。
このビルの高さは596.5メートルです。中国のスカイラインを刷新する超高層ランドマークとして15年前に天津市および開発業者である高銀グループから大きな期待を寄せられ、「地域の格上げと投資誘致を牽引するエンジン」と位置付けられていました。しかし、2008年に着工したものの、わずか7年足らずで資金繰りの悪化や債務の重圧によって工事は中断しました。2015年にはかろうじて建物本体の上棟は達成したものの、その後の施工は一切進まず、「世界で最も高い未完成ビル」という象徴的な存在になってしまいました。
高銀の苦境は、当時の「高レバレッジ・高速回転」モデルの極端な例とされています。総投資額は900億米ドル〜1000億米ドルにのぼるとされています。開発業者は株式担保、海外債券、国内信託など複数の資金調達手段を使っていました。しかし、市場にわずかな変動があっただけで資金繰りが困難になる脆弱な構造でした。2015年以降、 香港株式市場での時価総額が急減し、債務不履行や訴訟が相次ぎました。天津市政府は信達資産などを通じて計90億元規模の救済資金を注入しました。しかし、巨額の資金不足を補うことはできませんでした。
10年にも及ぶ放置によって周辺インフラは荒廃しました。むき出しの鋼鉄構造は海風と砂塵により錆びつき、周辺の中古住宅価格は2015年のピーク時から60%以上も下落しました。より深刻な現実として、たとえ工事が再開されて完成に至ったとしても、果たしてテナントを誘致できるのかという疑問が残ります。2024年時点で、 天津市の高品質オフィスビルの空室率はすでに35%を超え、全国主要都市の中でも最も高い水準にあります。加えて、賃料も長年にわたり下落傾向にあります。
住宅やオフィスが売れずに空室が増え、資金繰りも厳しくなった為、デベロッパーは新しい物件を建てる余裕がなくなりました。この結果、不動産投資は大きく落ち込んでいます。加えて、金融機関が融資基準を厳しくしたことや、開発会社が、巨額の債務再編に追われていることも投資現象に拍車をかけています。。 国家統計局 のデータによると、2025年第1四半期における全国の不動産開発投資は前年同期比で9.9%減少し、住宅投資も9.0%減、新規着工面積は24.4%も急減しました。国際機関の試算では、すでに販売済みで未完成の物件の案件や停滞中のプロジェクトをすべて完成させるには、売れ残りや工事が止まっている物件を全部合わせると、在庫総額は、最大で93兆元にも達すると見込まれています。これは、いまの中国の不動産市場では到底さばき切れない規模です。このような背景の下、「高銀金融117ビル(天津117大厦)」の再始動は、実質的な商業価値よりも、むしろ地域の投資安定化、雇用確保、金融安定維持を目的とした国家の政策と見なされています。今回発行された建設許可証に記載された参画企業、北京市勘察設計院、華東院、中国建設第三工程局、上海建設監理公司はいずれも中央企業または老舗の国有企業です。これは事実上「国有企業による引き継ぎ」と解釈され、低金利融資や特別救済基金によって損失のリスクを最小限に抑える試みとされています。
とはいえ、巨大な未完成プロジェクトを国有企業に参画させることによって、即座に商業的な回復が見込まれるわけではありません。天津 は近年、GDP成長率が全国の中で下位に低迷しており、1人あたりの可処分所得、小売総額、製造業投資も弱含みです。また「一次産品」(資源・原材料を示すフォーマルな経済用語)や港湾の加工業の成長も鈍化しています。不動産市場が冷え込む中で、銀行や信託機関の商業用物件に対するリスク審査の基準はますます厳しくなっています。たとえ政策の後ろ盾があっても、「延命策であって続かない。」とみなされる懸念は払拭できません。
加えて、新興企業はオフィス面積の縮小を進めています。伝統的な金融や、エネルギー企業は、売り上げと超高層ビルの運営コストの間には、実際に借りたい企業の数や面積と、超高層ビルを維持・運営するための高い費用がつり合っておらず、大きな開きが生じています。その結果、天津濱海新区への移転効果が思うように上がりませんでした。
全国的な視点で見れば、「高銀金融117ビル(天津117大厦)」は氷山の一角に過ぎません。2024年末時点で、地方政府が公表している工事停止または引き渡し延期中のプロジェクトは3万件を超えています。そこには、住宅、オフィス、複合施設などが含まれています。これらは主に江蘇省、湖北省、河北省、広東省などに集中しています。不動産会社の相次ぐ債務不履行や再編の中で、地方政府は安定維持を図りつつ、破産清算による金融リスクの波及を避けるため、「未完成物件の引き渡しの確保」「工事再開の確保」が政策のキーワードとなっています。その結果、国有資本プラットフォームや地方投資会社が救済に入る事例も増加しています。
しかし、中国社会科学院金融研究所 の試算では、すべての建設中プロジェクトを無事に引き渡すためには、少なくとも2兆元の追加資金が必要であり、さらにその後の物件運営によって利息やメンテナンス費用をカバーする現金収入が確保されなければ、根本的な解決にはならないとされています。
超高層ビルは常に時代の痕跡を帯びています。「高銀金融117ビル」は、中国の不動産黄金期に誕生し、金融引き締めで停滞し、そして今、構造転換の中で再始動しようとしています。しかし、その存在は、もはや商業施設の枠を超え、国家政策の象徴に転じています。「世界最高の未完成」から「世界最高の復活」へ転じられるかどうかは、地方政府のリスク対応力と、市場の信頼が試される事になるでしょう。
(翻訳・吉原木子)