中国では1990年代から医療保険制度の導入が進められてきましたが、依然として多くの国民が高額な医療費の自己負担に苦しんでいます。政府の発表では、90%以上の人々が医療保険に加入しているとされていますが、実際には医療資源の偏在や財政投入の不足が深刻な問題となっています。特に、権力層が医療保険費用の大部分を消費する一方で、2億人以上のフレキシブル雇用者(実質的な失業者)は、ほとんど医療保険の恩恵を受けられない状況にあります。経済発展の成果が国民の福祉に十分還元されず、貧困層が病気を理由に生活の危機に直面するケースも後を絶ちません。
庶民にとって大病は手の届かない現実
英紙「フィナンシャル・タイムズ」によると、湖北省に住む70代の農民、王金臣さんは、腎不全による尿毒症を患い、ぼろぼろの布団にくるまりながら衰弱しています。王さんは週に3回透析治療を受け、毎月の医療費は約1700元(約34000円)に上るものの、医療保険でカバーされるのはその3分の1にも満たない状況です。
一方で、王さんと妻の唯一の固定収入は、それぞれ月200元(約4000円)の年金のみとなっています。高額な医療費が生活を圧迫し、病気と経済的困難が重くのしかかっています。
中国では、王金臣さんと同じような状況に陥っている人が非常に多く、数百万人が「破滅的医療支出(家計の総消費額の10%を超える医療費の自己負担)」に苦しんでいます。彼らにとって、医療費は家計を崩壊させるほどの重い負担となっています。
2023年にイギリスの医学雑誌『ランセット』に掲載された論文によると、過去20年間で中国の医療サービスの普及は一定の進展を遂げたが、慢性疾患に対する医療サービスの提供状況は、他の中低所得国と比べても大きな格差があり、破滅的医療支出の発生率が高すぎると指摘されています。
新華社通信が2020年10月に発表したデータによると、中国の貧困世帯のうち、42%以上が病気により貧困に陥り、病気が農村人口の貧困の主な原因となっていることが明らかになっています。
見せかけの政策?貧困層向け医療保険の実態
中国当局は「貧困人口の撲滅」を政権の重要な実績の一つとして掲げてきました。2020年には、すべての貧困層が基本医療保険、大病保険、医療扶助の「三重保障」制度に組み込まれたと発表しました。
中国当局の宣伝によると、2020年は貧困脱却の達成期限とされています。しかし、こうした取り組みは形式主義的な側面が強く、統計データの操作が疑われるなど、実際の状況とは大きくかけ離れています。
長沙市の市民が海外の中国語メディアに語ったところによると、中国当局は貧困世帯の医療を優先し、全額補助すると宣伝しています。しかし、貧困世帯として認定されるかどうかは、基本的に村の委員会が申請し、郷政府が決定する仕組みとなっており、枠が限られているため、資格を得るにはコネが必要な状況になっているといいます。
その市民は、「故郷では、ある貧困家庭は子どもが全員障害者で、妻も病気で、本人も重い病気を抱えていたが、貧困世帯として認定されなかった。一方で村の幹部の親戚は経済的に余裕があるにもかかわらず、貧困世帯に認定されていた」と述べました。
中国の国民、依然として重い自己負担の医療費に直面
中国政府の発表によると、中国では90%以上の人々が何らかの形で医療保険に加入しており、大部分の入院費用が払い戻されるとされています。しかし、実際には、多くの国民が依然として重い自己負担を強いられています。
特に、効果の高い輸入薬や高額な治療法は、保険の適用外となることが多く、患者は自己負担で支払わなければなりません。そのため、多くの人々は、万が一自分や家族が重篤な病気にかかった際に、莫大な医療費を支払えるよう、日頃から多額の貯蓄をして備えなければならない状況となっています。
北京大学教授で、中国国務院の都市医療保険評価チームの専門家である李玲教授は昨年のインタビューで、中国国民が実際に負担している医療費は、総治療費の約50%に達すると明らかにしました。
一方で、公的医療保険が導入されている西側諸国では、通常、国家が90%以上を負担し、個人の負担は10%未満に抑えられています。
追い詰められた人々の中には、助けを求めて街頭に立つ者もいます。ネット上に出回っている動画では、一人の農民ががんと診断され、治療を拒否する様子が映っています。彼は「治療を受ければ家族が破産する。治療しなければ私が死ぬだけで、家族は守られる」と語っていました。
ポータルサイト「捜狐」が2019年12月、河南省焦作市の韋さん(48、男性)、は冠動脈性心疾患と診断され、医師から手術費用として10万元(約200万円)が必要だと告げられました。彼は治療費を工面できず、妻に先に病院を出るよう伝えた後、自ら命を絶ちました。
なぜ国民に寄り添った医療制度を実現できないのか?
中国共産党は社会主義を掲げているが、一見すると広範に及ぶ医療保険制度の背後には、医療資源の偏在や財政投入の不足といった深刻な問題が潜んでいます。
中国当局のデータによると、2021年の医療総支出はGDPの6.5%を占め、その内訳は政府の医療支出が27.4%、社会保険や企業による支出が44.9%、個人負担が27.7%となっています。
一方、ヨーロッパの先進国では、医療費がGDPの約10%を占め、そのうち80%から90%は政府が負担しています。
李玲教授は、公的財政によって医療保障を実現することは中国でも十分に可能だが、政府が経済発展の成果を国民に還元する意思があるかどうかにかかっていると指摘しています。
実際に、2009年には広東省三明市で全国民を対象とした医療保険の試験運用が行われ、比較的成功を収めていたが、この制度は全国に実行されなかったのです。
中国問題の専門家である王赫氏は、海外の中国語メディアに対し、「実際のところ、中国政府は資金を製造業やインフラ整備、対外援助に投入し、自国の勢力を拡大することに使っている。それはすべて自らの統治を維持するためだ」と指摘し、「民生分野の支出は可能な限り削減し、『怠け者を養うわけにはいかない』『経済発展の段階を超えた高福祉は提供できない』という口実で切り詰められている。中国政府の本質は搾取と抑圧であり、国民に奉仕する政権ではない」と述べました。
また、「中国共産党は、国民がより良い生活を手に入れると、自由や民主主義、人権を求めるようになると考えている。そのため、中国政府は国民の生活水準の向上を抑制し、民間企業の発展を制限し、国民を半ば飢えた状態にとどめておくことで、支配を維持しようとしている」と述べています。
中国の医療保険制度には、もう一つ大きな問題として、顕著な医療格差が存在しています。中国の権力層は、全国の医療保険費用の80%を消費している一方で、中国国内に2億人以上いる「フレキシブル雇用者(実際には失業者)」は、ほとんど医療保険に加入しておらず、仮に加入していても保障が極めて限られています。
(翻訳・藍彧)