伯牙が琴を弾き、その横で子期が琴を聴いています(北京・頤和園の回廊絵画)(Wikimedia Commons パブリック・ドメイン)

 挨拶の席で、知り合いや友人のことを「知音」と言って紹介したことはありますか? 知音は自分をよく理解してくれる人、親友という意味で使われていますが、しかし、この言葉の語源をご存知ですか?

 中国、春秋時代の琴(きん)の名手・伯牙(はくが)(紀元前354年没)に鐘子期(しょうしき)という親友がいました。伯牙が高山を思いつつ琴を弾ずれば、子期の心にも高山の姿が映じ、流水を思いつつ弾ずれば、洋々たる江河(中国の揚子江と黄河のこと)が子期の心に写ったというほど、伯牙の琴の音をよく知り、聞き分けることができたそうです。

 伯牙はこの無二の聴き手である鐘子期を得たことを嬉しく思い、深く感謝しました。ところが残念なことにこの鐘子期が病に倒れ、やがて帰らぬ人となってしまいました。鐘子期の死の知らせを受けた伯牙は、大変悲しみ、彼を弔う曲として「高山流水」を奏でた後、愛用の琴の弦を絶ち、終生琴を手にすることはなかったという話でした。

 そこから、心の通じ合う親友や無二の友のことを「知音」と言うようになったそうです。

 子期が亡くなると、伯牙が「もはや琴を聴かせるべき相手がいない」と判断したのはなぜでしょうか? 生涯琴を弾かなくなったのは大変もったいないことだと思いませんか?

 実はその秘密は伯牙が使った琴にあるのです。

 琴は中国では5千年前から楽器として用いられていました。しかし、琴は普通の楽器ではなく、精神修養にも用いられる神聖なものとして使われていました。

 琴を奏でるのは、自分の感情を表現したり、人を喜ばせたり、パフォーマンスするためではなく、それによって自分の気持ちを落ち着かせ、邪念を排除し、自分の内面と対話し、心を平和で穏やかな境地に到達させるためのものでした。

 精神世界を共有することができた伯牙と鐘子期は、音楽以外にも、きっと人生観や世界観など共通の話題に花を咲かせていたことでしょう。自分の音楽の真髄を理解してくれた親友を得た伯牙は心より喜びを感じ、親友のことを何よりも大切に思っていたに違いありません。それゆえに、親友を失った時の伯牙の悲しみや苦しみ、そして喪失感は計り知れません。

 「知音」物語は何千年も中国で語り継がれ、伯牙が奏でた「高山流水」と言う曲も何千年にもわたって伝え残されてきました。

 1977年、著名な古琴奏者管平湖氏によって演奏された「流水(Flowing Streams)」は純金製のレコードに収録され、航空宇宙局(NASA)のスペースシャトル「ボイジャー1号」と「ボイジャー2号」によって宇宙へ送られました。

 二人の友情の証でもあるこの名曲は永遠に宇宙に響き渡ることでしょう。

(文・一心)