于広洲(上左)董香港(上中)董志民(上右)(看中国合成写真)

 「鎖でつながれた女」は1996年に行方不明後、当時の豊県党委員会の晁家権書記、王玉柱県長から、性的賄賂として江蘇省徐州市の于広洲市長に送られた、と中国共産党(以下、中共)体制内の情報筋によって分かった。女性が産んだ8人の子どもの長男董香港は、実は于広洲の息子だった。

 于広洲は中共第18期中央委員会委員、中国人民政治協商会議(政協)第13期全国委員会常務委員である。国家発展改革委員会(国家発改委)副主任、商務部副部長、福建省党委員会副書記、税関総署長、政協経済委員会副主任などを歴任した。これがなぜ、中共が女性の正体を明せない理由だ。

 女性は1996年に行方不明になり、その後、豊県の幹部晁書記と王県長に送られ、監禁され、2人は女性を性的賄賂として当時の徐州市市長于広洲に送りました。1998年に董集村で現れた、と体制内の情報筋が明かしました。

 情報筋によると、董香港の出生した月は改ざんされていたが、年は間違いないという。女性が于広洲に強姦された後に産んだ董香港は、董志民に似ていないため、誰にも顔を見せないようにしていた。

 情報源によると、董香港は後に董志民に扶養のために渡されたという。

 女性は董香港を産んでから約10年間、なぜ子供を産んでなかったのか。それは、女性が中央幹部の女だったため、董志民が手を出すことを恐れていたからだ。その後、于広洲も晁書記と王県長も女性のことをまったく気に触れず、晁書記と王県長も退任したたため、董志民は大胆になり、女性を犯して次々と多くの子供を産んだ。

 情報筋はまた、于広洲は昇進が速く、中央委員まで昇った。これはなぜ、政府が公告内容を捏造しれなければならなかった原因である。事実が暴露されると、県長、県党委書記、市党委書記、後に省党委書記、関連幹部などがすべて処分されなければならないからだ。江蘇省党委員会の副書記も強姦と誘拐に関与していたことになる。

 この情報が明かされた後、ネットユーザーはすぐに于広洲、董志民、董香港、女性の比較写真をネット上に投稿した。

(翻訳・徳永木里子)