1989年6月4日、天安門広場で発砲しながら行進している中国人民解放軍(YouTube動画のスクリーンショット)

 海外華人の独立系中国語メディア「華夏文摘(チャイナ・ダイジェスト)」は2日、トランプ政権の元中国政策顧問、余茂春氏のインタビューを掲載した。1989年の「六四天安門事件」と米中関係に言及した。

 余茂春氏は、中国で暮らしたことのある人は、国内外を問わず、不可解な有形無形の恐怖を抱えて生活していると述べた。あなたの多くの行動は、中国共産党(以下、中共)がいつでもあなたをコントロール・罰することができるという目に見えない圧力に関係しているから、心配や恐怖はつきものだ。

 余氏は、「六四天安門事件」の7週間は、「中国国民にとって、中共が政権を取ってから最も自由で恐れのない7週間であった」と考えている。天安門の勇士たちは、真の人間性の復帰を見せ、中共の政治的人格に対する勇敢な挑戦であった。中共政権がこの7週間の自由に対して残忍で血生臭く弾圧しているのを見て、非常に激怒した。そして、酸素と同じくらい不可欠な、人間として最も重要なこと、それは恐怖から解放された自由であることを改めて認識した。

 余氏は米政府の一部の人々が、中共総書記である習近平氏が権力を握ってから、米中関係が悪くなったと考えていたことについて、「習近平氏が権力を握ってから悪くなったということは、要するに、習近平氏が権力を握る前の中共はまだマシだったではないかという意味合いがある。しかし、これは六四天安門事件の真の意味に反すると思う」と語った。

 余氏は、米中関係の根本的なポイントは習近平氏が政権を握った時の2012年ではなく、1989年であるべきだと主張した。「なぜか?それは、1989年は中共が政権を握った歴史の中で、中国国民と中共の間に存在した非常に対立している利害の衝突が、非常に明確に示された大規模かつ初めての年だったからだ」

 天安門民主化運動は、その後の東欧・旧ソ連の共産党の崩壊に影響を与えた。余氏は、「だから私は、ポンペオ前国務長官をはじめとする米国トップの要人たちに、天安門事件を再定義し、米国の外交政策に反映させる必要があると伝えた。後にオブライエン国家安全保障顧問も、共産主義、レーニン主義、中共のイデオロギーからの米国への挑戦がどれほど深刻であるかを語った。これらはすべて、国務省内での根本的な方針転換から始まる。これらは『六四天安門事件』と必然的な関係がある」と述べた。

 ポンペオ氏が2019年の天安門民主化運動30周年の際に、天安門事件以来、最も重要で包括的、かつ最も長い米国の声明を発表したのもそのためであった。

兪茂春とマイク・ポンペオ米前国務長官(2020年)(パブリック・ドメイン)

六四天安門事件:
 六四天安門事件(ろくよんてんあんもんじけん)は、1989年6月4日(日曜日)に、同年4月の胡耀邦元党総書記の死をきっかけとして、中華人民共和国・北京市にある天安門広場に民主化を求めて集結していた学生を中心とした一般市民のデモ隊に対し、中国人民解放軍が武力で鎮圧、多数の死傷者を出した事件である。(ウィキペディアより)

六四天安門事件の「戦車男」が広告ビデオに映された:

(翻訳・藍彧)