8月26日、中国とネパールの国境にあるチベット自治区シガツェ市ギロン(吉隆)県で、ネパール側から流れ下った土石流が、陸路の出入国拠点である吉隆ゲート一帯を丸ごと飲み込みました。中国側の発表では、発生は中国時間の午前10時半ごろです。被害は一部にとどまるものではありません。出入国審査や税関の手続きを行う合同庁舎は土砂に埋まり、両国を結ぶ国境の橋も完全に流されました。周辺にあった国境貿易用の倉庫や商店の多くが押し流され、ゲートへ通じる道路も通信も電力も断たれて、一帯は一時、外部と連絡が取れない状態になりました。

 出回っている監視カメラの映像は、その数十秒をとらえています。駐車場には少なくとも十数台の大型バスが停まっていて、人々が突然、何かから逃げるように一斉に走り出します。その直後、黒い土石流が津波のように山の上から押し寄せます。鉄筋コンクリートの建物も、バスも、コンテナトラックも、数秒のうちに飲み込まれました。高台にあったあずまやまで、一瞬で見えなくなっています。新華社が今年6月に伝えたところでは、この国境を通った人は今年に入って延べ10万人を超えていて、中国とネパールを結ぶ陸路の中でも人と物の往来がとりわけ多いルートです。発生したのは、カイラス山の巡礼シーズンのただ中でした。

 濁流は上流のネパール側から来ました。現地時間の午前8時半ごろ、洪水はまずラスワ郡の道路や橋、水力発電所を押し流し、ヌワコット郡のトリスリ一帯では家屋や農地が土砂に埋まって、いくつもの集落が跡形もなくなりました。ヌワコット出身のカルパナ・マラさんはBBCの取材に、「家族が目の前で流されていった。あの人たちには逃げる時間なんて全然なかった」と語りました。マラさんは息子と屋根の上によじ登って助かったといいます。ネパール側の死者と行方不明者は中国側の発表を大きく上回り、その中には20か国以上から訪れていた外国人観光客も含まれています。

 中国側の数字は、今後さらに増える可能性があります。国営中央テレビは、26日午後8時時点の暫定集計として、死者3人、連絡が取れなくなっている人が265人と伝えました。ただ、この数字と、現場にいたはずの人の多さとの間には、明らかな開きがあります。疑問の声が上がっているのも、まさにこの点です。

 公式発表とは別に、現地を知る人たちがメディアの取材に、自分の見聞きしたことを話しています。国境の工事現場で働いていたという男性は、自分のいた現場について「数十人が全員、連絡取れなくなってる」「俺が住んでた場所も全部なくなった」と話しました。この男性は8月19日に仕事を辞めたばかりで、たまたま難を逃れたといいます。ゲートの中で働く職員だけでも500人規模はいたはずだとして、「30秒で飲み込まれたんだ。だから千人単位は全然あり得る」とも語りました。現場には四川省出身の作業員が多かったといいます。浙江省寧波の男性は、友人が発生時にゲートから3キロほどの場所にいて、その後連絡が取れなくなったと話しています。チベット・アリ地区プラン県タルチェンの男性は、6月にこの国境を訪れたとき、観光客のほかに大勢の職員や武装警察がいたと振り返りました。ただし、こうした証言に出てくる人数はいずれも個人の見立てで、裏付けは取れていません。公表されている集計とも大きな隔たりがあります。投稿した現場の映像がその後削除されたと話す人も、複数いました。

 原因について、ネパールのカナル外相は下院で、当日午前8時37分に起きた地震が大規模な地滑りを引き起こし、それが鉄砲水につながったと説明しました。米地質調査所(USGS)も同じ時間帯に、この地域でマグニチュード4.4の地震を観測しています。地質学者はさらに踏み込んだ見方を示しています。揺れによって標高の高い場所にある氷河と岩盤が崩れ落ち、数百万立方メートルの氷雪と巨岩がレンデ川に一気に流れ込んで、狭い谷の中に天然のダムをつくったというのです。そこに水圧が急激にかかり、ほどなく決壊しました。雨がまったく降っていないのに、泥と石の壁が何の前触れもなく下流に現れた理由はここにあります。雨水が集まってできた洪水ではなく、高い山で起きた崩落が、時間差で下流に届いたということです。

 この一帯で土石流が起きたのは、初めてではありません。昨年7月8日にも吉隆ゲートの近くで土石流が発生し、中国側の少なくとも17人が行方不明になっています。当局は、レンデ川の上流には取り除かれていない土砂が川をせき止めたまま残っていて、二次的な洪水の危険は去っていないと注意を呼びかけています。記事の執筆時点でゲートに通じる道路は復旧作業が続いていて、被害の中心部でどこまで捜索が進んでいるのかは、第三者の目で確かめられていません。

(翻訳・吉原木子)