渓流に架かり、「中国最長」とうたわれた木造アーチ式廊橋が、完成からわずか6年で轟音とともに折れ、水中へ崩れ落ちました。そして、1人の命も失われました。さらに背筋が寒くなるのは、この橋の前身にあたる橋が、かつて同じ地域に100年以上架かり続けていたことです。先人が残した木橋は100年以上の風雨に耐えたのに、現代技術で再建された「改良版」は、なぜ10年すら持たなかったのでしょうか。
7月31日午後、浙江省温州市泰順県(たいじゅんけん)で、福慶橋(ふくけいきょう)が突然、部分的に崩落しました。橋全体の約3分の1が水中に崩れ落ち、1人が転落して死亡しました。この橋は全長154.4メートル、水面からの高さは8.9メートルで、3つの独立した廊橋が一体となった橋群です。現在、中国で最も長い木造アーチ式廊橋とされています。しかし、多くの人が知らないのは、この橋が本物の歴史的建造物ではなく、2013年に民間から資金を募って再建工事が始まり、6年以上の歳月と3億300万円超(1300万元超)を投じて造られた、古建築を模した景観橋だということです。正式に完成したのは2020年でした。
その前身である漈下橋(さいかきょう)は、清の道光28年にあたる1848年に建設されました。その後、二度にわたって水害で失われています。完成から間もなく大雨で流され、再建後も1990年の台風による洪水で再び損壊しました。今回の福慶橋は、歴史の教訓を生かすため、元の場所から200メートル上流に移して建設されました。本来なら、立地を見直し、補強を施した「改良版」であるはずでした。しかし、完成から10年にも満たないうちに、瞬間的に風力10級に達する雷雨を伴った突風により、部分的に崩落したのです。
新しく造られた古建築風の建物は、本当に先人が残した建築物よりも、自然災害に強いのでしょうか。答えは、決して楽観できるものではないようです。
別の事例を見てみましょう。「アジア最高の木造塔」と呼ばれた四川省綿竹市(めんちくし)の霊官楼(れいかんろう)です。元の塔は明代に建てられ、2008年の四川大地震で損壊しました。2010年から、現地では数年をかけて、16層からなる純木造の霊官楼を再建しました。しかし、2017年12月、まだ完成していなかった霊官楼で突然火災が発生し、巨大な木造塔はわずか数十分で焼け落ち、骨組みだけになりました。
原因は明確でした。「高く、大きく、壮大に見せる」ことを追求した結果、燃えやすい現代の塗料やペンキが大量に使われ、内部には防火区画も十分に設けられていませんでした。一度火が出ると、煙突効果によって火の勢いが急速に強まります。その耐火性能は、防腐・難燃処理を施した本物の古建築にさえ及びませんでした。
次に、山西省平遥古城(へいようこじょう)の城壁を見てみましょう。2021年10月、山西省が激しい大雨に見舞われ、平遥古城の城壁が部分的に崩落しました。しかも、崩れたのは、わずか数年前に「補強修繕」が行われたばかりの区間でした。伝統的な古城壁は、内部が土を突き固めた版築構造で、その外側をレンガや石で覆っています。この構造には、水分を吸収しながら内部の湿気を外へ逃がすという、自然なバランスが備わっています。しかし、修繕の際、目地を埋めて表面を覆うために、通気性のない現代のセメントが使われました。その結果、雨水が版築部分に染み込んでも、外へ排出されなくなりました。たまった水によって土が膨張して軟らかくなり、内部に大きな水圧が生じ、最終的に城壁の外壁が破裂するように崩落したのです。
「中国の廊橋の里」と呼ばれている泰順県。県内には古い廊橋が32橋現存し、そのうち15橋が国家重点文化財に指定されています。さらに2009年には、「中国木造アーチ橋の伝統的建造技術」が、ユネスコの「緊急保護が必要な無形文化遺産一覧」に登録されました。泰順県では、廊橋を造る技術の継承が途絶えていないように見えます。それにもかかわらず、なぜ福慶橋はたった一度の突風で崩れてしまったのでしょうか。
福慶橋と先ほどの事例を合わせて考えると、問題は主に三つの側面にあります。
第一に、外観の再現を重視する一方で、構造力学が軽視されていることです。古代の木造アーチ式廊橋は、極めて精巧な力学的バランスによって成り立っています。木材同士をかみ合わせることで、外から加わる力を互いに打ち消す構造です。しかし、現代の再建工事では、樹齢数百年の高密度で良質な木材を確保することは困難です。そのため、成長期間が短く、せん断や腐食への耐性が低い新しい木材が多く使われます。「伝統的建造技術」を掲げている事業でも、費用を抑え、工期を短縮するため、内部の接合部分で必要な材料や工程が省かれ、鉄くぎや現代の接着剤が使われる場合があります。風力10級に達する雷雨を伴った突風により、強いせん断力や橋を下から持ち上げる力が加われば、こうした接合部分は一瞬で破断するおそれがあります。
第二に、気候や河川環境が大きく変化していることです。古建築が数百年にわたって残ってきたのは、当時の気候や河川環境のもとでのことです。現在では、瞬間的な暴風や激しい大雨など、極端な気象現象の発生頻度が明らかに高まっています。さらに上流に堤防やダムが造られれば、本来は自然に緩やかに流れていた洪水の経路も変化し、水流の速度や衝撃力が何倍にも増す可能性があります。福慶橋は元の場所から200メートル上流に移され、橋の下の水深や風の通り道も変わりました。しかし、現代の構造力学や水理学に基づく厳格なシミュレーションと評価が行われていたのかについては、疑問が残ります。
第三に、施工管理の方式が変わったことです。現在の古建築修繕工事の多くでは、現代的な施工管理方式が採用されています。建設会社が工事を請け負い、設計会社が計画を作成し、重要な工程にだけ少数の伝統技術を受け継ぐ職人が参加するという形です。この方式によって施工効率が高まったことは事実です。しかし、伝統的な木造建築は、図面どおりに造れば完成するものではありません。木材の含水率、ほぞ組みのかみ合わせ、力の逃がし方、建物全体のしなやかさなど、その多くは職人が代々受け継いできた経験に基づくものであり、標準化された施工基準だけで再現できるものではありません。現代の施工方法だけに頼れば、伝統的な建築技術や経験は次第に失われていきます。完成した建物の外観がどれほど似ていても、伝統的な構造が持っていた本当の力学的性能まで再現することはできません。
福慶橋の崩落は、単なる安全事故ではありません。現在広がっている「古建築再建ブーム」に対して、警鐘を鳴らす出来事でもあります。
新たな修繕や再建によって造られた建築物が、本物の古建築と同じように、数十年、さらには100年以上の風雨に耐えてこそ、伝統文化が本当の意味で受け継がれたと言えるのでしょう。単に外観を再現しただけでは、伝統を受け継いだことにはなりません。
(翻訳・藍彧)
