現在、世界各地の紛争に関する報道が後を絶ちません。ウクライナや中東における情勢は未だ解決の糸口が見えず、台湾海峡などでも一触即発の緊迫した状態が続いています。武力による問題解決という過ちが繰り返される中、国際社会はかつてないほど深刻な危機に直面しています。
「武」という言葉からは、武力、武器、武術など、戦いや戦争を連想しがちです。しかし、本来、「武」という漢字には「戈(ほこ)を止める」、つまり「戦争を止める」という意味が込められています。真の平和を実現するためには、「武力」のみならず、「武徳」も不可欠であるということ――これこそが、先人が遺した大いなる知恵です。
私たちは今一度、武力を誇示するのではなく、争いを収めるために持てる力を尽くし、この混迷極まる戦争の連鎖を断ち切るという「原点」に立ち返るべきではないでしょうか。
一、戈(ほこ)を止むるを武と為す
「武」は「戈(ほこ)」と「止」を組み合わせてできた漢字で、その意味は「戈を止める」と解釈されています。
紀元前4世紀〜前3世紀頃に成立したとされる『春秋左氏伝(しゅんじゅうさしでん)』は、儒家の経典の一つである『春秋』を解説したものです。その中には、次のような逸話が遺されています。

楚(そ)の荘王(そうおう)が晋(しん)との戦いに勝ったときのことです。家臣が「晋軍の死骸を集めて、戦勝記念の築山(つきやま)を築いてはどうか」と進言しました。すると荘王はこう答えました。
「『武』とは戈を止めるという意味だ。武とは暴を禁じ、戦を止め、民を安んじ、衆を和し、財を豊かにするためのもの。しかし、多くの犠牲を出した私には、それを築く資格などない。」
ここで荘王は、「武は戈を止めること」――つまり武力とは単に敵を倒すためのものではなく、天下を平和にして人々を幸せにするための「正義の力」であるべきだと説いたのです。
後に西暦100年に編纂された中国の最古の字書『説文解字(せつもんかいじ)』にもこの話が引用され、「止戈為武(戈を止むるを武と為す)」こそが「武」の真意だと説明しています。
この精神は、日本の武士道にも深く息づいています。かつて日本の武士たちも「強ければ強いほど、刀を抜かない」と言われていました。「いつでも使える力を、あえて使わない」、それこそが真の武士の心構えであるとされてきたのです。
二、刀を抜かぬ「真の武士」――勝海舟の覚悟
この「戈を止める」という武の精神を、幕末の動乱期に身をもって体現した政治家がいます。江戸無血開城を成し遂げた勝海舟です。海舟は生涯、自らの意志で刀を抜くことはありませんでした。

1)刀を物理的に抜けないようにした
勝海舟の談話集『海舟座談』の中で、この事実がはっきりと語られています。
「私は、人を殺すことが大嫌いで、一人でも殺したことはないよ。……刀でも、ひどく丈夫に結わえて、決して抜けないようにしてあった。人に斬られても、こちらは斬らぬという覚悟だった」
それは、暗殺者に命を狙われる日々の中で「絶対に人を斬らない」という強い信念を体現したものです。その場の意志だけに頼るのではなく、人を斬るかもしれないという危惧から「刀を絶対に抜けない状況」を自ら作り出す、この徹底した覚悟から、幕末の動乱を生き抜く勝海舟の超人的な胆力を見ることができます。
2)刺客に対峙した「無刀」の逸話
海舟の晩年の回想録である『氷川清話』などにも、自らの信念を語る有名な実話が記されています。
ある時、海舟の前にすでに刀を抜きかけた刺客が現れました。しかし、海舟は顔色一つ変えず、相手をじっと見据えてこう言い放ちました。
「斬るなら見事に斬れ。勝は大人しくしていてやる」
この一言があまりにも堂々としていたため、刺客は完全に度肝を抜かれてしまいました。海舟の超然とした態度と凄まじい気迫に圧倒された刺客は、ついに刀を抜くことができず、そのまま退散したとされています。
表向きはこれ以上ないほど格好いい逸話ですが、海舟は別の場所で「そりゃあ、生きた心地はしなかったよ」という人間らしい本音も漏らしています。直心影流の達人でありながら「死への恐怖」を抱え、それでもなお技術や武器に頼らないという度胸こそ、「武」の真髄を理解していた何よりの証拠ではないでしょうか。
3)「無血開城」という最大の「武」の体現
「いつでも相手を倒せる力がありながら、あえて刀を抜かない」。この海舟の揺るぎない信念が、やがて百五十万人の江戸の住民を戦火から救うことになります。
新政府軍の西郷隆盛との直談判において、海舟は武力による衝突を徹底的に回避し、奇跡とも言われる江戸無血開城を成し遂げたのです。何万人もの命と江戸の町を戦火から救ったこの無血開城こそ、彼が磨き続けた「戈を止める武」の精神が、歴史を動かした最大の瞬間でした。

三、最高なる武徳の境地
勝海舟の剣術の師である島田虎之助は、海舟に次のように説いたといいます。
「剣には君子の剣と、小人の剣がある。技を磨くだけでなく、学問を学び、禅をして心を練りなさい」
この教えに従い、海舟は座禅を組んで精神を徹底的に鍛え上げました。後年、海舟は「人間に必要なのは平生の工夫で、精神の修行ということが何より大切だ。いわゆる心を明鏡止水のごとく研ぎ澄ましておきさえすれば、いついかなる事態が襲うてきても、それに処する方法は、自然に胸に浮かんでくる。いわゆるものきたりて順応するのだ」、「瓦解(幕末の動乱)の際、万死の境を出入りして一生を全うできたのは、全くこの剣術と座禅の功であった」と語っていたのです。
海舟にとって武道とは、敵を倒す技術ではなく、自らを律し、無駄な争いを収め、平和をもたらすための精神基盤そのものでした。
「戦いや争いを止めることこそが、本当の武勇(武の真意)である」という武士の心構えは、現代の国際社会における「防衛力」や「武力」のあり方にも完全に共通する真理ではないでしょうか。
一人の人間がどれほど優れた武術を習得しても、そこに「武徳」がなければ、他者を傷つけるだけのただの危険人物になりかねません。同じように、一つの国家が強大な武力を保有しながらも、武徳を重んじる精神を欠いていれば、それは自国民にとっても、国際社会にとっても、極めて危険な存在でしかありません。むしろ、圧倒的な軍事力や先進的な兵器を保有する国ほど、より高い次元の武徳が求められるはずです。さもなければ、その力は自国と他国、ひいては人類全体を破滅へと導く凶器へと変わってしまいます。
だからこそ、私たちは今、先人が遺してくれたこの大いなる知恵を再認識しなければなりません。混迷を極める現代の国際情勢にある今こそ、私たちはもう一度原点に立ち返り、「武徳を尊ぶ」という精神基盤を、個人としても国家としても固め直すべきではないでしょうか。
参考文献:
「氷川清話 無酔独言」川崎宏編 中央公論社 2012年8月10日発行
「新訂 海舟座談」岩本善治編 岩波書店 1993年9月20日 第23刷発行
(文・一心)
