5月19日の昼、上海の浦東新区、世紀大道にある商業ビル内の日本料理店で、刃物を使った凄惨な傷害事件が発生し、3人が負傷して病院に搬送されました。日本メディア「共同通信」および日本外務省の関係者によると、負傷者のうち2人は日本人とのことです。事件現場は金融機関が密集する商業の中心地であり、該当するビルには多くの日系企業が入居しています。この事態を受け、日本政府は高い関心を示し、中国側に対して事実関係の適切な説明を求めています。

 しかし、この事件の発生直後における情報の伝え方には、日中両国で顕著な違いが見られました。日本メディアは事件直後から迅速に報じ、現場が金融機関の集まる「上海環球金融中心(上海ワールドフィナンシャルセンター)」であること、そして「日本料理店」で発生したことを明確に伝えています。一方で、上海警察の発表や中国本土メディアの関連報道では、これらの詳細が伏せられていました。公式発表では「世紀大道にある商業ビル3階のレストランで男が刃物で人を切りつけた」と触れるにとどまり、被害者が外国人であることや、現場となったレストランの日系という背景には言及されていません。また、警察は容疑者の男(59歳)について「支離滅裂な言動や奇異な行動が見られ、精神疾患の治療歴がある」とし、現在も事件の詳しい動機などを調べています。

 このような情報が一部伏せられるような対応は、社会のパニックや世論の対立を避けるための配慮なのかもしれません。しかし、情報が瞬時に行き交う今日において、外国人に関わる事実を選択的に隠すことは、かえってネット上などで様々な憶測を呼ぶことになりかねません。さらに重要なのは、今回の事態を単なる「精神疾患」や「突発的な事件」として片付けてしまうと、中国社会の深層に潜む、より構造的な危機を見落としてしまう恐れがあるという点です。

 この事件がとりわけ日本側の神経を尖らせているのは、これが今回に限った単独の事案ではないからです。ここ数年の間、中国に滞在する特定のコミュニティに向けられた事件が散発しています。一部の地域で発生した外国人や未成年者を狙った痛ましい事件は、現地のコミュニティに大きな不安を引き起こし、関係機関が幾度も安全についての注意喚起を出す事態となっています。

 しかし視野をさらに広げてみると、この極端な怒りや不満が外国人だけに向けられているわけではないことに気づきます。近年、中国国内では一般市民を標的とした無差別な事件が憂慮すべき増加傾向にあります。車で歩行者の列に突っ込む事件から、通行人に対する無差別襲撃に至るまで、被害者の圧倒的多数は、何の罪もない同じ中国の一般市民です。このことは、上海での事件が、単なる「排外感情」や「精神異常」に起因するものというよりは、現在の社会に蔓延する閉塞感と、社会の底辺に蓄積された「やり場のない怒り」が爆発した結果であることを示唆しています。

 何の罪もない人々に刃を向けるこの極端な感情が一体どこから来ているのか。その背後には、複雑な経済的プレッシャーと深い心理的危機が交錯していると考えられます。まず挙げられるのは、長引く経済の停滞から生じる挫折感です。現在の社会の転換期と経済的な圧力の下で、厳しい生活状況に直面している人々がいます。長期にわたる生活の困窮の中で絶望を感じ、かつ有効な社会的サポートや不満を解消する手段を持たない場合、内面の抑圧は極めて容易に歪み、社会全体に対する憎悪へと転化してしまいます。このような社会に対する強い不満や憤りは、治安を揺るがす極めて不安定な要因となっています。

 このような極端な感情が蔓延するにつれ、社会心理もまた歪みを見せ始めます。中国の文豪である魯迅がかつて「勇者は怒ると、刃をより強い者に向けるが、怯者は怒ると、刃をより弱い者に向ける」と鋭く指摘した通りです。これらの無差別な攻撃を実行する人々は、往々にして社会競争の中で「社会の片隅に追いやられた人々」や「挫折を味わった人々」です。彼らには自身の不幸の根本原因に立ち向かう力がないため、より危害を加えやすい弱い立場の人々へ怒りをぶつけることを選んでしまいます。パニックを引き起こすことで、社会への復讐という歪んだ快感を得ようとしているのかもしれません。そして、このような反社会的な怒りが、インターネット上に潜伏する極端なナショナリズムや排外的な言説と結びついた時、さらに危険な状況を生み出します。暴力的な空気に満ちた一部の人々にとって、特定のレッテルや外資系の場所は、自身の極端な行動を正当化するための口実やはけ口となり得るからです。

 このように考えると、警察の発表で言及された「精神疾患の治療歴」は、法律上の責任能力には影響するかもしれませんが、社会全体が根本的な問題から目を背ける理由にはならないはずです。これはまさに、現在の中国社会における心理的ケアの不足や、リスクを抱えた人々へのサポート体制の欠如を露呈しているとも言えます。上海の日本料理店で起きたこの痛ましい事件は、一つの重い警鐘です。次第に浮き彫りになる社会の鬱積した怒りを前にして、単なる情報統制だけで人々の不安を拭い去ることは難しくなっています。経済的、社会的な重圧がもたらす社会の歪みを直視し、心理的な支援体制を充実させること、そしてネット上の極端な言説を抑制していくことが、悲劇を繰り返さないために今強く求められているのではないでしょうか。

(翻訳・吉原木子)