2月11日の午前、建設が進められている上海地下鉄・嘉閔(カビン)線の七莘路(シチシンロ)駅から莘建路(シンケンロ)駅の区間において、現場の喧騒を切り裂くような異様な轟音が響き渡りました。それは単なる工事音ではなく、大規模な地盤崩落事故の発生を告げるものでした。

 ネット上に拡散された現場映像には、広い車道が何の前触れもなく沈み込み、巨大な穴がぽっかりと口を開ける様子が映し出されています。崩落のスピードは凄まじく、まるで地下に潜む怪物がすべてを飲み込んでいくかのようでした。土砂や瓦礫が雪崩のように崩れ落ち、路肩に設置されていたプレハブ小屋までもが、人々の悲鳴とともに一瞬にして暗闇の底へと姿を消しました。現場の両側にいた作業員や通行人はパニックに陥り、恐怖に顔を引きつらせて逃げ惑いました。近くの高層ビルから撮影していた目撃者は、「建物ごと落ちてしまった、終わった、自分たちのビルまで揺れている気がする」と、震える声で当時の恐怖を語っています。

 しかし、この陥没事故そのもの以上に人々を戦慄させたのは、その直後の現場での対応でした。事故発生から間もなく、現場には救助隊よりも先に、大量のコンクリートミキサー車や土砂を積んだトラックが殺到したのです。映像では、底知れぬ穴に向かって次々とコンクリートを流し込む様子が確認できます。この行動は直ちに大きな論争と疑念を呼びました。穴の底にまだ生存者がいる可能性があるのか、あるいは取り残された作業員がいるのかも確認されないまま、これほど性急に埋め戻し作業を行うのは一体何のためなのでしょうか。あるネットユーザーは憤りを露わにし、この「先に埋めてから報告する」という手口は、かつて世界を震撼させたあの温州鉄道事故の処理と酷似していると指摘しました。「人命救助よりも工事の進捗や、不祥事の隠蔽を優先しているのではないか」。当局が全力を挙げて人を救おうとしているのか、それとも急いで口封じをしようとしているのか、人々の疑念は深まるばかりです。

 これほど凄惨な状況にもかかわらず、当局の発表は冷淡なまでに事務的でした。同日夜、鉄道運営会社である「上海申鉄」が発表した声明では、この大事故を単なる「局所的な水漏れ」と表現し、「死傷者はなし」と強調するにとどまりました。しかし、この説明が市民の感覚と大きくかけ離れていることは明らかです。実際には周辺の主要道路が緊急封鎖され、バスも2駅連続で停車できなくなるなど、市民生活に多大な影響が出ていますが、現場では有効な代替措置も取られていません。さらにネット上では、事故に関する情報が凄まじい速さで削除されており、検索トレンドにも上がらないよう操作されているとの告発が相次ぎました。「上海の情報統制のスピードは建設工事よりも速い」と皮肉られるほど、当局は夜陰に乗じて不都合な真実を消し去ろうとしています。

 インフラの品質に対する不信感は、上海だけにとどまりません。事故の数日前の2月4日には、北京地下鉄の達官営(タッカンエイ)駅でも深刻な漏水騒ぎがありました。数十メートルにわたる通路内で10箇所以上から水が噴き出し、まるで「水のカーテン」のような有様だったといいます。これに対し北京地下鉄側は「冬の寒さで構造物が収縮し亀裂が入った」という苦しい釈明をしましたが、ネット上では即座に嘲笑の的となりました。「外国の建物なら寒さで縮んだりしないはずだ」「水漏れしなければ、中国の突貫工事とは呼べない」といった皮肉が飛び交っています。北京の「水漏れトンネル」から上海の「巨大陥没」へ、相次ぐ事故は、人々が抱いていた「中国の建設スピード」への信仰を少しずつ、しかし確実に崩壊させています。

 鉄筋とコンクリートの瓦礫の向こうに見えるのは、単なる手抜き工事の結果だけではなく、構造的な腐敗そのものです。何重もの下請け構造による中抜きや、寄せ集めの作業員による粗雑な工事が横行し、ひとたび重大事故が起きれば、当局はそれを「想定外の天災」として処理しますが、その背後に人災があることは誰の目にも明らかです。利益と体面のために安全が犠牲になるこの体質こそが、「インフラ建設大国」という看板を泥で汚し、すべての市民を「いつ足元が崩れるかわからない」という恐怖の中に突き落としているのです。

(翻訳・吉原木子)