2025年11月14日、日本の人気アニメ映画、『鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来』が、中国本土の映画館で一斉に公開されました。これは「鬼滅の刃」シリーズが、初めて中国のスクリーンで、正式に上映された作品であり、その反響はまさに前例のないものとなりました。
公開初日には、多くの若者たちが、キャラクターのコスプレ衣装を身にまとって、劇場を訪れました。まるで「鬼滅カルチャー」の祭典のような熱気に包まれ、深夜の初回上映は満席となりました。ある映画館のスタッフは、「こんなに賑やかな深夜上映は本当に久しぶりです。通路にまでファンが溢れていました」と語っています。映画は微博(Weibo)や豆瓣(Douban)などの、中国の人気SNSで即座にトレンド入りし、観客たちはストーリーや映像美、感情描写について活発に語り合っていました。劇中の小道具を手に記念写真を撮るファンも多く、まるで「鬼殺隊」の一員になったような没入体験を楽しんでいたようです。
映画の公開により、長く冷え込んでいた、中国映画市場も一気に活気を取り戻しました。11月14日の初日興行収入は20億円を突破し、2025年に入ってから、初めて初日で1億元(20億円)を超えた輸入映画となりました。それまで中国では36日間にわたって、1日の全国興行収入が1億元を下回り続けていた状況でした。こうした中、『鬼滅の刃』の登場は、まさに低迷していた映画館を「救った」とさえ言われています。
さらに、本作は複数の記録を更新しました。
日本映画の中国初日興収記録:初日興行収入は23億円(約1.17億元)に達し、日本映画としては、中国での過去最高を記録しました。深夜上映の興収も3億8,500万円に上り、アニメ映画としては、『スラムダンク』に次ぐ成績となりました。
連続で全国興収1位:11月15日午後3時時点には興行収入が50億8400万円(約2.48億元)に到達し、その日の夜には早くも61億5,000万円(約3億元)を突破。4日間連続で全国の映画ランキング1位を獲得し、単体で全国興収の60%以上を占める日もありました。
作品内容も中国の観客に強い印象を残しました。SNSでは多くの感想が投稿され、中には「本当は途中でトイレに行こうと思ったけれど、面白すぎて2時間我慢した」、というコメントも見られました。
しかしながら、この文化的熱狂が起きたのは、日中関係が近年でも最も緊迫している時期でした。それだけに、今回の現象は非常に皮肉かつ興味深いものとなっています。
2025年11月、高市首相が「台湾有事」に言及し、日本の対中政策の転換と受け止められました。これに対し、中国政府は強く反発しました。中国外交部は「中国の内政に対する乱暴な干渉だ」と厳しく非難し、国営メディアも「地域の緊張を煽る無責任な挑発行為」として高市首相を強く批判しました。
このような状況下で、中国政府は文化・観光部とともに、日本への渡航自粛を国民に呼びかけました。しかし一方で、『鬼滅の刃』は中国の映画館で連日満席が続き、公開3日目には累計興収が、約61億5,000万円を突破しました。「一方で日本を非難しながら、もう一方で日本のアニメを絶賛する」という矛盾に、多くのネットユーザーが「これはさすがに皮肉すぎる」とコメントしています。
このような現象は、中国社会における感情と理性の分岐を、象徴しているのかもしれません。特に若い世代の間では、政治的なメッセージと日常生活を、はっきりと区別しようとする意識が高まってきています。
SNS上には、『鬼滅の刃』を称賛する投稿が数多く見られる一方で、過激な愛国主義による「観るな圧力」に対する皮肉や反発も多く寄せられています。
天津のユーザーは「明日の17時のチケット、たとえ天津市長に食事に誘われても行かない」と冗談交じりに熱意を語り、重慶では「もう仕事辞めて、家を売ってでも鬼滅を観に行く」といったユーモアあふれるコメントもありました。
広東のユーザーは「そのうち『日本アニメを観るのは売国奴』とファーウェイ信者が言い出すぞ」と皮肉を込めて投稿しました。ここで言う「ファーウェイ信者」とは、中国製スマートフォンや国産ブランドを盲目的に支持し、外国製品を使う人々を「非国民」扱いするような極端な愛国者を指しています。
浙江のユーザーが西湖近くの映画館に、掲げられた鬼滅の巨大ポスターを投稿した際、上海のユーザーが、「『南京写真館』みたいな映画は減らした方がいい。意味がないし、むしろ観る人のレベルを下げてしまう」とコメントしていました。
さらに、あるユーザーの投稿が多くの反響を呼びました。
福建省のネットユーザーが「最近は日本を憎むべきなんじゃないの?」とコメントすると、それに対して様々な意見が寄せられました。
広西のユーザーは「少しは自分の頭で考えたら?」と返し、四川のユーザーはこう書きました:
「“憎むべき”って何? 最初から日本を憎む必要なんてないよ。憎むべきなのは日本の軍国主義や軍閥であって、日本そのものや日本の人々、文化は無罪だよ。罪があるのは軍国主義なんだ。」
雲南のユーザーもこうコメントしました:
「自分の生活すらままならないのに、国家のことまで気にしてるの?自分が楽しくいられることのほうが大事でしょ。」
こうした投稿は、中国の若い世代が、政治的メッセージや愛国的圧力に対して、一定の距離を置きながら、自らの感性で選び取ろうとしていることを物語っています。歴史の重みを否定するのではなく、それと日々の生活や趣味は別だという感覚です。
多くの中国の若者にとって、『鬼滅の刃』のヒットは文化的勝利ではなく、「当たり前の生活」への回帰なのかもしれません。政治的な緊張や社会の圧力がある中でも、自分が心から好きだと思える作品に拍手を送り、価値ある作品にはきちんとお金を払う。これは「迎合」でも「弱腰」でもなく、極めて自然な感情であり、個人の美意識の表現です。
人々が映画館に足を運ぶのは、良い映画を楽しむためであって、政治的な意思表示をするためではありません。このことを理解しないのは、スローガンを掲げて他人の趣味に介入しようとする人たちなのかもしれません。
あるネットユーザーの言葉が、その本質を突いています。「嫌いだから観ない。好きだから観に行く。それだけのことです。」
(翻訳・吉原木子)
