2025年11月12日正午、湖南省張家界市の天門山国家森林公園で、中国製SUV「奇瑞(チェリー)風雲X3L」が極限チャレンジを試みた際、大きな騒動が起きました。黄色の風雲X3Lは、天門洞へ続く999段の石段「天梯」の登頂に挑みました。この石段は全長約300メートル、垂直高差は約150メートルに達し、平均勾配は約45度(場所によっては60度超)、踏面はわずか30センチと非常に狭い上、年間を通じて湿気が多く、苔や水分が付着しやすいことで知られる極めて危険なルートです。

 チャレンジ開始時には、多くの観光客が周囲を取り囲み、スマートフォンを構えて興奮気味に見守っていました。しかし、車両が中腹付近に差し掛かった瞬間、突然コントロールを失い、後方へ急激に滑り落ちました。石段脇の金属製ガードレールに次々と激突し、複数区間を破壊した後、ようやく停止しました。現場では悲鳴が上がり、「あっ!あっ!」という叫び声も響き渡り、一瞬にして災害映画さながらの緊迫した雰囲気に包まれました。幸いにも車両が階段外へ転落することはなく、死傷者も発生しませんでした。

 事故発生後、景区側は天梯の通行を2日間封鎖し、破損箇所の修復と清掃を実施。観光客は迂回し、山体エレベーターを利用せざるを得ませんでした。奇瑞側はイベントを即座に中止し、観客を誘導退避させた上で、同日夜に謝罪声明を発表しました。

 この事故は瞬く間にインターネット上で拡散し、国産車の実力に対する疑念に加え、2018年にランドローバーが同じ場所で挑戦を成功させた事例が改めて注目されることとなりました。中国の自動車産業はこの7年で大きな成長を遂げていますが、今回の失敗によって依然として国際ブランドとの確かな差が浮き彫りになったと言えます。

 奇瑞は13日未明、公式チャネルを通じて事故の原因を説明しました。それによると、車両を保護するために装着していた安全ワイヤーの金属シャックルが予期せず外れ、右後方のワイヤーが脱落して右後輪に巻き付いたとのことです。ワイヤーが巻き付いた影響で駆動力が阻害され、右後輪が瞬時にトラクションを失った結果、急勾配で牽引力を維持できず後退し、ガードレールに衝突したという説明でした。奇瑞側は「車両の技術的故障ではなく、安全装置の予期せぬ不具合」と強調しましたが、この説明に完全な納得を示す声は多くありませんでした。

 SNSでは批判的なコメントが相次ぎました。「この性能で天門山に挑むなんて、自分の力量を理解していない」「ガードレールが弱かったら大惨事だった」といった指摘のほか、「宣伝としては大成功。全国に『登れなかったこと』が広まっただけだ」と皮肉る声も出ています。準備不足のまま危険な挑戦を行い、景勝地を破壊したとの非難も少なくありませんでした。

 さらに今回の挑戦は奇瑞にとって「二度目の失敗」でした。今年9月にも挑戦していたものの、当時は雨による路面の滑りやすさを理由に途中中止となっていました。当時、奇瑞の李学用・副総裁は「雨天でも半分以上登れた。天気が良ければ必ず成功する」と豪語していました。しかし今回は快晴にもかかわらず再度失敗に終わり、批判は一段と強まりました。

 奇瑞風雲X3Lは中型クラスのレンジエクステンダー式ハイブリッドSUVで、「鯤鵬(コンポン)レンジエクステンダー」システムを搭載し、総出力は422ps前後とされています。前後モーターによる電気式四輪駆動を採用し、メーカーは「優れたオフロード性能」を大々的にアピールしていました。今回の天門山チャレンジは、明らかに新型車のプロモーションを狙ったものでしたが、結果としてブランドイメージを損なう形となりました。

 奇瑞がここまで危険な挑戦を選択した背景には、「ランドローバーに対抗してブランド力を示したかった」という見方が多くあります。2018年2月、英国の高級SUVブランドであるランドローバーは、同じ天門山で世界的に有名な「天門山ドラゴンチャレンジ」を成功させました。改造を施したレンジローバー・スポーツP400eをプロレーサー董荷斌(ドン・ハービン)が操縦し、まず「99曲がり」と呼ばれる11キロの山道を約9分51秒で走破。その後、わずかな調整を経て平均勾配45度の999段の石段を登攀し、21分47秒で天門洞に到達しました。この偉業は世界的にも大きな反響を呼びました。ランドローバー側は専用強化タイヤやロールケージを装備し、全ルートを封鎖してプロチームによる厳密な安全管理のもとで挑戦していました。

 今回の奇瑞の挑戦は、この「伝説」を模倣し、国産ブランドとしての存在感を示そうとしたものとみられています。しかし現実は厳しく、風雲X3Lは本質的に「都市型SUV」であり、極限環境下では限界が露呈しました。

 技術的な実力差も明らかです。スペック上では見劣りしないように見えても、車両重量、重心の高さ、四駆制御の精密さ、タイヤのグリップ性能など、細部の積み重ねでランドローバーとの差は大きくなります。天門山の石段は1段あたり約15センチの段差が連続し、サスペンションとタイヤには大きな負荷がかかります。純正タイヤはオフロード専用ではなく、中盤以降で空転が頻発していました。電気式四駆の制御が優れていても、ワイヤートラブルという突発的要因が加わり、システムの限界を超えたと考えられます。

 また、ブランドとしての歴史と経験値の差も無視できません。ランドローバーは70年以上にわたる本格オフロードの伝統を持つ一方、1997年創業の奇瑞には極限オフロード挑戦の蓄積が十分とは言えません。挑戦前に奇瑞幹部が口にした「頂上で会おう」という言葉は、事故後ネット上で揶揄の対象となりました。「ランドローバーは奇跡を残し、奇瑞は傷跡を残した」という皮肉なコメントも飛び交いました。

 今回の出来事について、業界内でも議論が広がっています。アナリストらは、中国の自主ブランドが高級市場へ挑戦する際の課題、技術蓄積の不足、極限環境での検証不足、安全文化やリスク管理の脆弱さが如実に現れたと指摘します。中国車は価格競争力と電動化技術を背景に世界市場で急速にシェアを拡大していますが、性能と品質を世界トップレベルへ引き上げるには、時間と膨大な検証データの蓄積が不可欠です。

(翻訳・吉原木子)