2025年10月の河南省。秋風は本来、黄金色に染まる麦畑に心地良く吹き渡るものでした。しかし今年、その風が運んできたのは冷たい雨でした。中国の「穀倉地帯」と呼ばれる河南省は、この秋、異例の長雨に見舞われています。9月中旬以降、全省で8回もの広範囲にわたる強い降雨が発生し、平均降水量は332.4ミリに達しました。これは平年同期の2.7倍にあたります。

 雨は降り続き、まるで堤防が決壊したかのように広大な農地をのみ込みました。ぬかるんだ畑ではトウモロコシが発芽したまま腐ってしまい、落花生畑も見る影もありません。農民たちは豪雨の中、必死に収穫作業を行いましたが、実を得ることがほとんどできませんでした。豪雨により、作物だけではなく、多くの家庭の生計にも深刻な被害を及ぼしました。そして国家の食糧安全保障の脆弱さが浮き彫りになりました。また、今回の「水害」は、全国的な食糧危機を引き起こすのではないかとの懸念を呼んでいます。

 河南省は中国有数の穀倉地帯です。トウモロコシの農作物が栽培されている農地の面積は耕地全体の約4割を占め、秋の収穫量は全国の8分の1に達します。例年なら10月は豊作の季節ですが、今年の畑は一面が水たまりに変わりました。10月14日、ある農民がSNSに投稿した映像には、ひざまで水に浸かった畑の中で、トウモロコシが腐り、穂がふやけてカビている様子が映っていました。

 河南省発展改革委員会によると、9月以降の降雨は極端な状況であり、一部地域では一日の降水量が100ミリを超え、観測史上最高を記録したといいます。連日の雨によって収穫期は遅れ、土壌は水で完全に満たされており、農機の進入も困難な状態になっています。別の農家は「一か月以上続く長雨により、秋の収穫は水の泡となった。収穫量は少なくとも半分以下だ」と語ります。落花生や遅く成熟する晩稲も同様に深刻な打撃を受けました。信陽市では稲の発芽率が高いものの、豪雨により、減収が九割に達する地域もあります。全省の被災農地は約6,700ヘクタール(10万ムー)を超え、トウモロコシの発芽後の腐りやカビによる被害は三割以上に上ります。

 この豪雨は河南にとどまらず、甘粛省を源流とする渭水流域では堤防の決壊により水位が急上昇し、沿岸の肥沃な農地がすべて水没しました。「黄淮海」平原の中心地帯にも影響を及ぼしています。山東、安徽、河北などでも土壌の湿度が異常に高く、畑の冠水が続いています。新華社の報道によると、多くの地域で秋の収穫作業が大幅に遅れており、トウモロコシや落花生の乾燥・保存が難航しているとのことです。農業農村部の監測では、10月中旬時点で全国の秋の作物収穫率はわずか五割、河南省のトウモロコシ収穫率は四割に満たず、例年を大きく下回っています。

 連日の雨は農民の生活を直撃しています。10月17日、ある農民は取材に応じ、涙ながらに「今年の収穫は全部だめになった!」と語りました。本来なら収穫の喜びで満ちるはずの田畑は、今や静まり返っています。濮陽の農民が撮影した映像には、泥に埋まるトラクター、動かなくなった収穫機、そして地面でカビに覆われたトウモロコシが映っていました。周口の農民は「夏は干ばつ、秋は洪水。家の食糧はすべて失った」と嘆きます。中国政府の報告によると、2025年前三四半期の全国被災農地面積は53万ヘクタール、直接的な経済損失は約4兆6千299億円に上ります。そのうち河南ではトウモロコシの損失だけで約2078億円を超えると見られています。政府は補助金を支給していますが、その額はきわめて限定的です。信陽の稲農には500グラムあたり約19円しか支給されず、九割減収の穴埋めにはとても及びません。多くの家庭が経済的に追い詰められ、生活維持のために家財を売却せざるを得ない状況です。

 河南の秋の農作物被害が全国的な食糧不足を引き起こすかどうかについて、ブルームバーグによると、専門家の分析は、今後の食料不足に対する警鐘を鳴らしています。北方の豪雨により、収穫を中断させられ、トウモロコシが畑で腐るなか、国際貿易の緊張も加わり、中国の食糧供給は圧迫されています。世界最大のトウモロコシ輸入国である中国は、今年上半期だけで2,000万トンを輸入しており、河南のトウモロコシ生産量が10%減少すれば、全国で数百万トンの不足が生じるとみられています。

 専門家の中には、気候変動による「干ばつと洪水の急転」が常態化しており、食糧安全保障がいっそう脆弱化していると警告する声もあります。河南ではインフラの老朽化や排水設備の遅れが被害をさらに悪化させました。10月15日、ある農民はSNSに書き込みをしました。「政府は海外の洪水被害には1億ドルを援助するのに、自国の農民は救助を待たされている。」これは、地方の不安と無力感を如実に映しています。

 この秋雨は、河南の災厄の問題だけでなく、国家の食糧安全体制の脆弱さを示す出来事となりました。農民たちの苦労の背後には、極端な気候と脆弱な農業基盤という現実が浮かび上がります。鄭州郊外で、雨に濡れた畑を見つめる老農が静かにつぶやきました。「来年も作れるだろうか。」その答えはまだ見えません。

(翻訳・吉原木子)