中国で企業家の「神秘的な失踪」が相次いでいます。上場企業の幹部だけでも、今年すでに39人が消息を絶ち、ほぼ週に1人のペースです。反腐敗を掲げる当局の取り締まりが民間経済にまで及び、ビジネス界全体が恐怖と沈黙に包まれています。
実際、不動産大手の万科(バンケ)から家具販売のイージーホーム(居然之家)に至るまで、中国企業界のトップ人材たちは、ここ数年で権力機構による粛清の焦点となりつつあります。数多くの未公開事例を統計に含めれば、実際の状況は公表されている数字をはるかに上回る深刻さです。
「留置(りゅうち)」とは、中国共産党が独自に定める党内の懲戒手続きの一つであり、法的な位置づけがあいまいなまま、実質的に司法手続きを経ない「拘束」を意味します。もともとは汚職調査を目的に、党員や政府官僚を対象として適用されていましたが、近年ではその範囲が急速に拡大し、民間企業の経営者層が相次いで巻き込まれるようになっています。
イギリス経済誌『エコノミスト』10月8日の記事では、こうした「失踪」が往々にして「規律違反調査」という名目の下で行われると指摘しています。報道では、「この制度はもともと党員や官僚を対象にした反腐敗運動の一環だったが、現在では企業家にも頻繁に適用されている」と述べています。
中国証券取引所の公開資料によると、2024年9月末までに上場企業の経営者や幹部が「留置」もしくは「失踪」したケースは39件に達しました。ただし、ほとんどの民間企業は非上場であり、自社の情報を公表する義務がないため、実際に拘束・調査を受けている人数は、公式統計の数倍に上る可能性があります。
中国共産党中央規律検査委員会(中纪委)の統計によれば、2024年だけで官僚や企業経営者を含む3万8000人が懲戒処分(拘留・留置などを含む)を受けたとされています。中纪委はまた、2023年には製薬業界で6万人以上、金融業界で1万7000人が処分されたと公表しました。
これらの動きは、習近平政権が「反腐敗」を掲げて権力基盤を強化する一方で、その制度的な取り締まりを経済領域にまで深く浸透させている現実を如実に示しています。
中国ビジネス界で相次ぐ事件の中でも、イージーホームの取締役会長・汪林朋(おう・りんほう)の悲劇は最も象徴的な事例とされています。
2025年7月27日、汪会長は自宅から飛び降りました。このニュースは瞬く間に中国で大きな波紋を呼びました。数日前、彼はようやく「留置」措置を解除されたばかりでしたが、彼の保有株式や関連資産はすでに凍結・差し押さえられた状態にありました。権力と資本のはざまで、なぜ彼は極端な選択をせざるを得なかったのでしょうか。
公開情報によると、汪林朋はイージーホームの実質的支配者であり、湖北省で最も裕福な実業家の一人でした。2024年10月に検察当局から留置措置を受け、調査対象となり、保有する3億7200万株余りが司法当局により凍結されました。今年7月23日、会社の公告によって留置が解除され、監視下での調査に切り替えられたことが報道されました。しかし、そのわずか4日後、汪林朋は自ら命を絶ちました。
業界の観察者たちは、この悲劇の背景にはいくつかの要因が重なっていたと分析しています。
第一に、司法当局による調査が続く中で株式が凍結され、家族や幹部が連座的に影響を受けるという強いプレッシャーがありました。
第二に、イージーホームは近年の不動産不況の影響を受け、事業撤退や資金流動性の悪化によって経営が行き詰まっていました。
第三に、資産の蒸発や世間の否定的な報道により、精神的にも限界に追い込まれていたことです。
さらに恐ろしいことに、過去3か月間で少なくとも3人の企業家が同様に飛び降りで命を絶っています。紹興(しょうこう)の繊維会社の会長・畢光鈞(ひつ・こうきん)、浙江省のエレベーター業界の大物・劉文超(りゅう・ぶんちょう)、家具業界の「ネット有名人」として知られた靚家居(リャンジアジュー)董事長・曾育周(そう・いくしゅう)です。
こうした一連の「突然の死」は、当局が掲げる「規律調査」という建前とは対照的に、体制的な圧力のほか、心理的な追い込みが「ソフトな殺戮」として機能している現実を暗示しているようにも見えます。
ビジネス界全体が揺れる中、不動産大手・万科でも新たな異変が発生しました。取締役会長・辛傑(しん・けつ)が消息を絶ち、不動産業界に再び衝撃が走っています。10月11日から12日にかけて、中国各地の自媒体が「辛傑はすでに20日以上行方不明であり、9月の会議中に連行された」と報じました。これを受けて万科は公告を発表し、「個人的な理由により」辛傑が会長を辞任し、後任に黄力平(こう・りきへい)が就任したと説明しました。
しかし、業界ではこの「個人的理由」という説明を信じる声はほとんどありません。報道によれば、辛傑が最後に公の場に姿を見せたのは6月27日の万科株主総会であり、その際には深セン地下鉄グループ(深鉄)との企業統合に強い期待を示していました。
万科はここ数年、深刻な債務危機に陥っています。不動産の資金繰りを維持するため、深セン市の国有資本システムが主導して経営権を引き継ぎ、深鉄グループが数千億円(百億元)規模の救済資金を継続的に注入してきました。また、深鉄は幹部を派遣し、経営陣を掌握することで、万科を完全に国有資本の支配下に置く体制を構築しています。
習近平政権の発足以降、「反腐敗」は党と政府機構を引き締めるための主要な政治ツールとなりました。数々の大型汚職摘発事件によって「見せしめ効果」が確立されるにつれ、留置制度は徐々に官僚社会からビジネス界へと広がっていきました。
中国共産党の体制下では、ハイテク、グリーンエネルギー、インフラ整備などの分野が地方政府と密接に結びついており、これらは今や権力闘争の中核となっています。コンサルティング機関・ドラゴン・エコノミクス(龍洲経訊)の分析によれば、まさにこの構造が、これらの業界の経営者や幹部が地方政府の権力闘争に巻き込まれやすくしている要因だといいます。
地方政府が財政難や巨額の債務に苦しむ場合、中国当局は「留置」という手段を用い、企業経営者や幹部に大きな圧力をかけることで、資産や債権の譲歩を強要することがあります。その結果、政府は莫大な資金を得たり、企業そのものの支配権を掌握したりすることが可能になります。こうした手法は、資本市場の透明性が低い中小企業において特に多く見られます。
表向きは「規律調査」という名目ですが、実際に「留置」あるいは「失踪」状態に置かれた企業家たちは、長期間にわたり外部、とりわけ家族との連絡を断たれ、完全に隔離されます。この手法は、企業家に対する心理的・経済的な試験のようなものとなっています。汪林朋のように、長期の高圧状態に耐え切れず、自ら命を絶つ例は決して珍しいものではありません。
(翻訳・藍彧)
