古代中国では、神々や妖怪の不思議な物語を記す「神仙志怪小説」と言う文体があります。これらの作品を紐解くと、神通力を備えた神仙や修行者が未来を予言できたことで、災いを避け、幸福や利益を得たことが分かります。『三国志演義』や『史記』といった書物には、プロもしくはアマチュアの占い師や相術師が、多くの偉人の未来を的確に予言した例を数多く見ることができます。
例えば、『三国志演義』では、諸葛孔明が草庵(そうあん)で天下三分(三国分立)の局面を予見しました。また、『史記』に登場する女性占い師の許負(きょ・ふ)は、漢文帝の母が高祖帝と結婚する前に、彼女が太后になることを予言しました。
では、なぜ古代では洞察力に優れた予言者が数多く存在したのに、現代では未来を予見できる人が少ないのでしょうか?
一、易経を通して未来を知る
「予言」は、中国伝統文化において非常に重要な位置を占めており、多くの佛家と道家の修行者は未来を予知する神通力を備えていました。たとえ出家して修行していなくても、伝統的な儒学における易経の学問は人々に未来を占う方法を教えてきました。
易経の起源は中国文明の初めまで遡ります。中国古代伝説によると、上古(じょうこ)の時代、帝王・伏羲(ふくぎ)は『河図』『洛書』から「八卦」と「陰陽」の道理を悟りました。その後、周文王は八卦の研究に専心し、やがて易経の六十四卦を導き出しました。その後、孔子は易経をさらに詳しく解き明かし、仁、義、道徳と結びつけ、儒学者の必読すべき六経の一つとして尊びました。八卦と易経は、陰陽五行によって生じる相互作用と宇宙の運行の絶え間ない規律を持ち合わせています。そのため、易経を深く学びさえすれば、身を修め人格を磨く修行者となることができ、優れた儒学者であれば啓発を得て、人生や家族、そして国運の興亡を予言することができました。しかし残念ながら、かつて古代中国の私塾や官学で必修教材であった易経は、今日ではごく少数の「国学者」だけが習得できているのです。
易学の大家となれば未来を正確に予言できますが、複雑な計算や難解な読解を必要とします。今回は、よりシンプルで試し易い二種類の占い方法をご紹介します。
二、服装で未来を知る
さて、西漢(前漢)末期、天下は混乱に陥っていました。民間武装勢力の「緑林軍」が蜂起して劉氏一族の劉玄を皇帝に擁立したことで、劉玄は歴史上、更始帝(こうしてい)と称されました。更始帝は心が狭く、当時顕著な功績を立てていた劉繹(りゅうえき)と劉秀(りゅうしゅう)兄弟に激しく嫉妬していました。そしてついには言い掛かりをつけて劉繹を処刑しました。
権力を手に入れたと思った更始帝は、意気揚々と洛陽に都を構える準備をしました。都の役人たちは遠くから彼を迎えるために来ました。しかし、更始帝の配下の役人たちは、男物の冠をかぶり、女物の刺繍入りの半袖の服を着て、大股に歩きながら洛陽にやって来ました。朝廷の重臣たちはみな、その光景に耐えかねて顔を覆いました。民衆はひっそりとささやき合い、中には口を覆って笑う者もいました。学者の中には青ざめて、「これは服妖の不吉な兆候ではないか!間もなく更始帝には災いが降りかかるであろう!」と密かに嘆いていました。
その後、劉繹の弟である劉秀が、配下の官史を率いて洛陽に公務で訪れた際、昔の漢の官史を彷彿とさせる冠服を身につけて城中に入りました。これを見た多くの年長者たちはみな感動し、「まさか生きている間に、再び漢の官史の威厳を目の当たりにできるとは、思いもしなかった!」とむせび泣きました。それ以来、城中の多くの人々は劉秀が君主となり、前漢の事業発展の基礎を固めてくれることを密かに願うようになりました。
さらにその後、更始帝の配下で屈辱と苦難に耐えた劉秀は、ついに自らの軍隊を編成し、西漢(前漢)末期の混乱を終結させ、東漢(後漢)を築き、漢王朝の以降の200年にわたって発展の基礎を固めました。
「服妖(ふくよう)」とは、俗に言うところの「衣服が妖(わざわい)をなす」ことです。古代中国の各王朝には服妖という言い方がありました。すなわち、男性であれば女装をしたり、あるいは奇抜な服装をしたり、常軌を逸した服装をすると「服妖」とみなされました。古代の中国人は、服妖を乱世の兆候とみなしました。人々が伝統的な風俗や習慣を破壊しようとする時、型破りな服装を好んで着るものだと考えました。
例えば、明王朝末期には、書生たちが白粉(おしろい)や口紅を塗り、女性の化粧をすることが流行しました。清王朝末期には、北京城の王公貴族が好んで乞食の格好に扮し、ぼろぼろの服を着て街中を歩き回ることを好みました。
これらの現象は、人々の心にある光明で大らかな正気が衰え、陰鬱で歪んだ邪気が蔓延していることを示していました。そのため、有識者は「乱世が迫っている」という警告や予言を発しました。
三、音楽を通して未来を知る
唐の玄宗の時代、西涼の人々は普段から音楽を好む風習があり、常に新しい曲を創作していました。開元年間、ある皇室の宴席で、玄宗は献上された西涼の最新の楽曲「涼州」を演奏するよう命じました。聴き終えた諸王たちは皆、玄宗に祝賀の意を述べ、非常に喜んでその楽曲の素晴らしさを称賛しました。しかし、寧王(ねいおう)だけは祝賀の意を述べませんでした。玄宗は寧王にその理由を尋ねました。
寧王は、「楽曲は素晴らしいのですが、音楽は宮(きゅう、ドレミのドに相当)の音から始まり、商(しょう、レに相当)の音で終わり、その間を構成する角(かく、ミに相当)・徴(ち、ソに相当)・羽(う、ラに相当)の音はすべて宮や商と呼応すべきだ、と従来から聞いております。この「涼州」の曲は冒頭から宮調から離れ、徴・商の音が支離滅裂で、筋が通っていません。
聞くところによれば、宮音は君主を、商音は臣下を表すもので、宮音が商音を制約できなければ、臣下が謀反を起こす恐れが生じます。世の中のことは往々にして音律に現れてくるもので、歌によって広められ、やがて世間の本当の出来事として現れるものです。私は乱臣が反乱を起こし、君主が路頭に迷うような災いが、今日の音楽が発端となることを恐れてなりません」と述べました。
玄宗も音律に精通した人であったため、この話を聞き終えると、うつむいて考え込み、沈黙してしまいました。
その後、安史の乱が勃発し、本当に寧王の予言通りとなりました。

元王朝初年、モンゴルと南宋が交戦し、南宋軍が敗北しました。南宋末期の軍人・文天祥は元都の燕京(北京)へ押送されました。途中、元軍(モンゴル軍)が『アラライ』の歌を歌っているのを耳にしました。彼は非常に驚き、傍らにいた元軍の兵士たちに「これは何の歌か?」と尋ねました。兵士たちは誇らしげに「これは我々モンゴル人の歌である」と答えました。文天祥は悲しみがこみ上げて、長いため息とともに涙を流して、「なんとこれは黄鐘の音ではないか。我ら漢民族の宋朝はもう天下を取ることができなくなった!」と言いました。
古代の中国人は、黄鐘(こうしょう、ラに相当する音律)が君王を象徴する「宮音」だと信じていました。南宋が滅亡する前、モンゴル軍の間では力強く勇壮な黄鐘の音色が流行していました。しかし、南宋は退廃的なメロディーが立ち込めていました。音楽の秩序の乱れは興亡の機運と共に変化します。これが古代の中国人が音楽で未来を予言することができた不思議な力なのです。
四、未来を予知する他の方法とは?
以上の方法以外にも、さらに予言の方法があります。例えば、漢代以前の、「讖緯(しんい)」には絵画予言、星占い、詩の予言を用いて未来の吉凶を予言しました。また民間に伝わる漢字一文字を分解・分析して占う「測字術」、人相や手相などから占う「相術」、そして「風水」などもあります。歴代の史書の中に『五行志』という章があり、五行の混乱が引き起こした天変地異、つまり、自然界の現象における様々な異常を記載しており、これらの異常現象はすべて人間に起ころうとする重要な出来事に対応しています。
現代社会の世の中になって以来、無神論、進化論などの学説により、人々はこれらの慣習を「迷信」として深く考慮しなくなりました。しかし、予言は決して「迷信」ではなく、古代から伝わってきた深遠な学問であり、深く考察し研究する価値があります。
現代の反伝統的な潮流は、服装や髪型の新奇さや普通と違うことが尊重され、特に男性の女装スタイル、陰気で怪しげなもの、露出をファッションとする傾向があります。しかし、神韻芸術団は依然として伝統的な審美理念に従い、公演で披露される衣装は男性と女性で異なり、それぞれに特色があります。男性の広袖は洒脱で、女性のロングスカートは優雅で、衣装の色は明るく多彩であり、これらはすべて古代中国が重んじている正統な衣装の特徴なのです。
現代における反伝統文化の運動は、これまで下品な場でしか演奏されなかった音楽を、今や大衆の流行文化へと変貌させました。その音楽には性的な要素や争いの要素が溢れ、本来「調和」を重んじている音楽の姿が変わってしまいました。これらの大衆音楽は人々を音楽の中で欲望を放縦させるように駆り立てるのです。格調高いクラシック音楽は徐々に軽視され、周縁化されていきました。しかし、神韻芸術団は人々が失った伝統の復興を目指しています。神韻の音楽と交響楽の制作は、東西の古典音楽の精髄を融合させ、壮大で壮麗な音楽をお届けすることを目指しています。
古代の予言に興味を持ったことはありませんか?そうでしたら、まずは比較的簡単な方法、つまり衣装を見たり、音楽を聴いたりして、身近な人や出来事などの発展の方向性を予言してみてはいかがでしょうか!
そして、今年も、神韻芸術団は日本で公演を開催します。4月2日から5月8日まで、東京(新宿・八王子)、鎌倉、京都、神戸、福岡の6ヶ所で公演を行います。伝統的な審美眼を持つ衣装と、東西のクラシック音楽を融合した生演奏のオーケストラ。神韻芸術団の公演でしかできない特別な体験をぜひ、劇場でお楽しみください。
チケット購入はこちら:ShenYun.com
(翻訳・夜香木)

