先声薬業グループはこのほど、新しい抗不眠症薬の正式発売を発表しました。しかし、この医薬品の登場の背後には、見過ごせない社会的現実が潜んでいます。一方では5,000億元を超える規模の「睡眠産業」が急速に拡大し、他方では若者が深刻な不眠に苦しみ、社会全体の公共的な関心事となっています。

 9月4日、先声薬業が導入した世界最新世代の抗不眠症薬「ダリレレサン」(商品名:コウィコ)がアリ健康のプラットフォームで正式に発売されました。先声薬業が8月25日に公表した中国における第Ⅲ相臨床試験の結果によれば、ダリレレサンは睡眠の維持、入眠の促進、睡眠時間の延長といった複数の指標で顕著な効果を示し、早朝の過度な眠気の発生率も低いことが確認されました。中国の数億人に上る不眠症患者にとって、新たな治療の希望になると期待されています。同薬はスイスで開発されたもので、先声薬業は2022年にスイスのイドルシア社と契約を結び、大中華圏での開発・商業化の独占的権利を取得しました。2025年6月17日には国家薬品監督管理局から正式に販売承認を受けています。

 同時に、中国における不眠人口の巨大さも改めて浮き彫りになっています。中国睡眠研究会が最新発表した「2025年中国睡眠健康調査報告」によれば、18歳以上の人々の不眠症状の発生率は48.5%に達し、ほぼ半数が睡眠困難を抱えていることになります。女性は51.1%、男性は45.9%とされ、中国全土で数億人の成人がさまざまな程度の睡眠障害に直面しています。
注目されるのは、不眠が明らかに若年化している点です。従来の「不眠は高齢者に多い」という印象とは異なり、現在では若者こそが深刻に悩んでいます。30歳未満の重慶在住の朱さんの多導睡眠検査報告書では、総睡眠時間は7時間だったものの、その90%が浅い睡眠で、深い睡眠はわずか6分しかありませんでした。結果を受け取った際、彼女の手は震えていたといいます。深圳で働く26歳の会社員・杜さんは自らを典型的な「能動型不眠症者」と呼び、「今月だけでも15回徹夜している。眠りたくないわけではなく、頭が止まらない」と語っています。

 こうした事例は北京、上海、成都といった大都市でも珍しくありません。成都市第一人民医院の臨床データによれば、30歳未満で睡眠障害を理由に受診する患者は前年比で約20%増加しました。「睡眠報告」では、65.91%の調査対象者が睡眠困難を経験したことがあり、特に35~44歳の困難率は71.95%に達しました。1990年代生まれや2000年代生まれの世代では7割近くが不眠を経験しており、とりわけ「自発的に夜更かしする」現象が顕著で、30%以上の若者が「もったいなくて眠れない」「深夜こそ唯一自分の時間」と答えています。

 ある調査機関のデータによれば、90後・00後(1990年代・2000年代生まれ)の7割が睡眠薬に頼って眠りについています。不眠の背後には、急拡大する「睡眠経済」があります。「睡眠報告」によれば、中国の睡眠健康産業の規模は2016年の2,616.3億元から2023年には約5,000億元にまで成長しました。艾媒諮詢は、2027年には6,586.8億元に達すると予測しており、「中国睡眠研究報告2025」では2030年には1兆元を突破する可能性があるとしています。

 ECプラットフォームの販売データもこの傾向を裏付けています。メラトニン製品は「睡眠経済」の最大の牽引役の一つです。2025年第1四半期、唯品会におけるメラトニン製品の売上は前年同期比30%増を記録しました。天猫健康によると、毎日1万人以上が「メラトニン」を検索しており、そのうち18~29歳が30%以上を占めています。盒馬鮮生が販売した「おやすみミルク」は、わずか1カ月で5万本以上売れ、1本あたり12,500mgのメラトニンを含むことで「ネット人気商品」となりました。また、AIを活用した睡眠補助デバイスも新たなトレンドとなり、スマート睡眠バンド、助眠ロボット、遮光カーテン、調整可能なマッサージ機能付き「スマートマットレス」などが次々に登場しています。

 しかし、産業の繁栄の裏側では乱れも目立ちます。科学的検証に欠ける助眠製品や誇大広告が横行し、メラトニン入りグミやスプレーなどは用量が不規則で過剰摂取のリスクもあります。さらに「寝かしつけ師」「助眠コンサルタント」と称するサービスは専門的な訓練を受けていないことが多く、料金は数十元から数百元と幅広いものの、実際には十分な効果をもたらせていません。

 不眠は単なる個人の健康問題にとどまらず、社会的プレッシャーの縮図でもあります。メディア「深氪新消費」は「若者が眠れないのは決して“わがまま”ではなく、多重の圧力がもたらす必然だ」と指摘します。職場の重圧はその最たるものです。ある基金会社で機関営業を担当する露露さんは、翌日のプレゼン資料の準備のために深夜1時まで残業することが多く、ベッドに入っても「データに誤りはないか」「段取りに漏れはないか」と頭の中で繰り返し復習してしまい、ますます焦燥感が強まり眠れなくなるといいます。さらに住宅ローン、車のローン、結婚・恋愛に関する不安といった「重荷」も加わり、入眠を一層困難にしています。

 加えて、スマートフォンや短動画の普及が「能動的な夜更かし」を後押ししています。成都のIT企業で働く三木さん(28歳)は「夜9時に退勤して帰宅するとすでに10時を過ぎている。そこから動画やドラマを見ているうちに、気づけば深夜になってしまう」と話します。最初は「寝たくない」という選択だったものが、次第に「眠りたいのに眠れない」に変わっていったのです。さらに長時間のデスクワークや運動不足が続き、多くの若者が「未病状態」に陥り、睡眠の質も大幅に低下しています。SNSでは「不眠解消のために高額なデバイスを買ったが、むしろ悪化した。アフターサービスもない」といった不満も散見されます。

 古代の詩に詠まれた「春眠暁を覚えず」の悠然とした情景から一転し、現代社会では「ぐっすり眠ること」が贅沢品となっています。もはや睡眠は自然な生理的欲求ではなく、努力して勝ち取らなければならない「希少資源」になってしまいました。これは若者の生活習慣の変化であると同時に、社会の発展過程における仕事と生活の不均衡を映し出す鏡でもあります。不眠が若い世代に広く蔓延する今、それはもはや個人の健康問題にとどまらず、社会全体が真剣に向き合うべき公共の課題です。睡眠は資本によって「ビジネス」として包装されることもありますが、根本的には太陽の沈みとともに休むという人類普遍の生活リズムへと立ち返るべきなのです。

(翻訳・吉原木子)