2025年6月、上海で26歳の男性が、パソコンだけが設置されているネットカフェ網吧(ワンバーで急死する事件が起き、中国国内で大きな話題となりました。遺族側は店舗側に対して100万元(約2,100万円)の賠償を求めました。裁判所は店舗側に20%の責任があると認定し、20万元(約420万円)の賠償を命じました。しかし、この20万元という金額は、今の網吧業界にとって大きな負担といえます。もし20年前なら、この程度の金額は経営者にとってわずかな出費に過ぎませんでした。当時の網吧は莫大な利益を生む「富を生む機械」とまで呼ばれていたのです。

 網吧の隆盛は1990年代後半に始まりました。1994年に中国が国際インターネットに正式に接続し、1996年には上海に最初の網吧「威盖特」が登場しました。当時の利用料金は1時間40元(約840円)と非常に高く、全国平均の月収が約500元(約10,500円)だったことを考えると、網吧は贅沢な娯楽の象徴でした。その後、料金は徐々に下がり、北京など各地でも網吧が次々に登場し、インターネットを体験したい若者たちを一気に引き付けました。

 1998年以降、中国ではPCゲームが一大ブームとなり、特に「レッドアラート」や「エイジ・オブ・エンパイア」などの戦略ゲームが人気を集めました。当時はまだ家庭にパソコンが普及していなかったため、ゲームを楽しみたい若者たちは網吧に足を運ぶしかありませんでした。多くの民家がローカルネットを整えた「網吧」に改装され、利用料金も1時間1〜8元(約20〜170円)と手頃になり、学生を中心に利用が急増し、網吧の数はわずか数年で全国に爆発的に広がっていきました。

 21世紀初頭、網吧業界は最盛期を迎え、中国の新聞『北京青年報』は、北京にある大型店舗の盛況ぶりを伝えました。そこでは1,000台以上のパソコンが24時間稼働し、座席は常に満席で、食事や睡眠も店内で済ませる客が珍しくなく、入店するために数時間並ぶことすら普通だったといいます。

 しかしその一方で、網吧業界はさまざまな危機にも直面しました。2002年には「ランジスー」という店で放火事件が発生し、多くの死傷者を出す大惨事となり、これをきっかけに全国的に規制や取り締まりが強化されました。2007年には新規の網吧開業が一時的に全面停止され、2014年に許可が得られたものの、業界の様相はすでに大きく変わっていました。

 衰退の決定的な原因となったのは技術革新です。2000年当時、中国の家庭でパソコンを所有する割合はわずか9.7%でしたが、2020年には70%を超えるまでに急増しました。個人用のパソコンやスマートフォン、そして家庭の高速インターネットが普及したことで、人々は自宅でも網吧と同等、あるいはそれ以上の体験を楽しめるようになったのです。特に2010年以降はモバイルインターネットの普及が加速し、スマートフォンの性能向上に伴いモバイルゲームが急成長しました。その結果、若者たちは網吧に通う必要がなくなっていきました。

 さらに近年では、eスポーツホテル(日本のネットカフェに近い施設)」という、騒がしい従来の網吧とは異なるプライベートで快適な環境を提供する新しい業態が登場しました。2023年末の統計によると全国で2万4,000軒に達し、前年から28.5%も増加しました。多くのゲーマーがこちらを選ぶようになりました。加えて、VRやAIなど新しい娯楽も次々に登場し、利用者はさらに分散する結果となりました。

 データによると2019年には全国に約17万7,000軒あった網吧は、2023年には約13万2,000軒まで減少し、わずか4年間で4万5,000軒以上が倒産ました。2023年上半期だけでも約1万2,900軒が倒産しています。多くの経営者が「抖音」でパソコンを安値で売るライブ配信を行い、「今この時代に網吧を始めるのは無謀だ」と嘆いている状況です。かつては大富豪の息子で投資家として有名な「王思聪」や台湾の人気歌手で俳優の「周杰倫」といった著名人たちも巨額を投じて網吧業界に参入しましたが、市場の低迷を止められず、次々と撤退を余儀なくされました。

 それでも網吧は完全に姿を消したわけではありません。業界は必死に活路を模索しています。現在、網吧経営はもはや「数十万元(数百万円)あれば誰でも簡単に儲かる」というビジネスではなく、巨額の投資を要する高リスク・高コストの産業へと変わりました。数百万元(数千万円)、場合によっては1,000万元(1億円超)の資金が必要で、投資を回収するまでの期間も長期化しています。こうした状況は多くの投資家にとって二の足を踏ませる要因となっています。経営者には単に店を開くだけでなく、短編動画配信を活用してブランドや個性を発信し、顧客を引き付ける総合的な経営力が求められるようになっています。

 近年では「網吧+(プラス)」という新たな形態が注目されています。これはeスポーツ、VR、動画制作、観光などを組み合わせ、インターネットカフェを単なる網吧ではなく、総合的なエンターテインメント体験の場に進化させようという試みです。たとえば「eスポーツ+文化観光」というモデルでは、ハイレベルなeスポーツ体験に加え、周辺の観光地や地域グルメと連携することで、没入感のある新しい娯楽を提供しています。

 2025年の最新データによれば、中国全土の網吧、eスポーツ館、eスポーツホテルなどのインターネットサービス施設は10万3,600軒にのぼり、年間売上は約900億元、約1兆8,900億円、従業員数は約65万6,000人に達しています。従来型の網吧が減少する一方で、業界全体は確実にデジタル化や没入型体験へと移行しており、網吧業界の盛衰は、まさに技術革新や消費行動の変化、市場の論理を映し出していると言えるでしょう。

(翻訳・吉原木子)