中国東北地方の黒土地は、黒く肥沃で有機質が豊富なことで知られ、ウクライナの大平原やアメリカのミシシッピ平原と並ぶ世界三大黒土帯の一つです。数千年の歳月をかけて形成されたこの地層には腐植質を多く含む厚い土壌が蓄えられており、農業に極めて適しています。東北地域は「北の大穀倉」とも称され、中国で最も重要な穀物生産地の一つですが、近年この黒土地が急速に劣化し、層が薄くなり、やせ細り、黄土化するなど、かつての「宝の土地」はその生命力を失いつつあります。
北京市にある地理科学・資源研究所が2021年に発表した『東北黒土地白書』によると、過去60年間で耕作層に含まれる有機質は約3分の1減少し、中でも耕作強度の高い地域ではその減少率が50%に達しています。黒土層の厚さも1950年代の60~80センチから、現在の20~40センチにまで減少し、一部の地域ではすでに下層の痩せた黄土が露出しています。
これはつまり、土壌が栄養を蓄える「貯蔵池」が枯渇しつつあることを意味します。台湾大学農業化学系の陳尊賢(ちん・そんけん)名誉教授はこう述べています。「耕作層のうち、表層30センチの土壌に全体の60%以上の有機質と肥力が集中しており、作物の生育にとって基礎となっている。黒土地の表層が失われれば、自然回復には数百年から千年を要し、非常に高い代償が伴う」
深刻な侵食、毎年88トンの表土が流失
『白書』の観測データによれば、東北黒土地における年間平均の表土流失量は1ヘクタールあたり88トンに上り、これは世界の自然資源評価基準における「深刻なレベル」に相当します。また、『中国東北黒土』という書籍のデータによると、耕作層の平均有機炭素含有量は約4%で、1ヘクタールあたり年間で0.72トンの炭素が流出しています。このような肥沃な表層と炭素貯蔵の継続的な損失は、作物の収量を低下させるだけでなく、農業システムの持続可能性にも大きな打撃を与えています。
2019年に中国学術誌『地理研究』で発表された研究では、過去10年間で黒土地における水土の流失と侵食が加速していることが指摘されています。特に傾斜地や高強度耕作地では、地表の流出水による浸食や耕地の断片化が深刻化しており、幅数メートルに及ぶ侵食溝が各地で形成されています。土壌構造の破壊により、機械による耕作も困難となり、生態系は悪循環に陥っています。
「北大荒」から「北大穀倉」へ過剰な耕作がもたらす落とし穴
黒土地の劣化は決して偶然ではありません。1950年代に「北大荒(ほくだいこう)」の大規模開発が始まって以来、東北農業は高強度の開発路線を進んできました。データによれば、東北地方の穀物作物の作付面積は、2005年の1,910万ヘクタールから2021年には2,866万ヘクタールへと50%以上増加しています。これに伴い、耕地への負荷も急激に高まり、土地の潜在力が「搾り尽くされる」状況が続いています。
ある黒土地におけるトウモロコシ収量に関する研究では、表層土壌が1センチ流失するごとに、1ヘクタールあたり123.7キログラムの収量が減少するとされています。この過程で、大規模な機械化作業は生産性を高めたものの、土地の圧縮や構造破壊、表層栄養素の流出を深刻化させています。特に丘陵地や傾斜地では、大型機械によって耕作された裸地が豪雨による浸食を受けやすくなり、「浸食→溝浸食→陥没」という連鎖的に被害が広がっています。
「ハルビンで調査を行った際、数百台もの大型農機がまるで機械化部隊のように大地を進んでいくのを見た。壮観ではあったが、同時に不安も感じた」と、陳尊賢教授は語っています。
ワラの持ち出しで黒土地は「天然の守り」を失う
水土流失や過剰耕作に加え、作物のワラの管理方法も土壌の健康に大きな影響を与えています。伝統的な農業では、作物のワラをその場に還元し、有機質の供給源として土壌に戻してきました。しかし、東北地方では経済的利益や作業の効率性を理由に、ワラを畑から持ち出して販売する農民が増えています。
「なぜトウモロコシのワラを還田しないのかと農民に聞いたところ、『太くて耕すのが大変』『売れるから』という答えが返ってきた」と、陳尊賢氏は回想します。
一見合理的に見えるこの選択が、長期的には土壌に深刻なダメージを与えています。試算によれば、10トンのトウモロコシを生産すると同時に10トン前後のワラが生じますが、これをすべて還田すれば、1ヘクタールあたり180キログラムの窒素、90キログラムのリン、60キログラムのカリウムが補われ、土壌の栄養が維持されるだけでなく、構造も改善されます。これに反して、ワラを畑から持ち出すことは、土壌有機質の供給源を減らすだけでなく、表層の被覆層を失わせ、水土流失をさらに悪化させる原因となっています。
化学肥料への依存がもたらす悪循環
土壌の肥力低下と高収量の維持というプレッシャーの中で、東北の多くの農民は化学肥料への依存を強めざるを得ませんでした。統計によれば、1980年から2021年の間に、東北地域における化学肥料の使用量は457万トンから742万トンへと6割以上増加しています。しかし、この「化肥依存」が持続可能な農業の発展につながるどころか、むしろ新たな問題を引き起こしています。
過剰な施肥は土壌の酸性化や固結化を進行させ、微生物群のバランスを崩し、土壌の活力を著しく低下させます。また、化学肥料の価格上昇が続く中、農民の利益も圧迫されています。
台湾グリーン消費者基金会の方倹(ほう・けん)理事長はこう指摘します。「現代農業における高収量は、必ずしも高利益を意味しない。大量の施肥は、環境コストと品質の低下という代償を伴う」
方倹は、黒竜江省の五常(ごじょう)市で「炭素栽培プロジェクト」を推進した時、現地の農民から「近年、五常米の香りが弱まり、味も落ちてきた」との声が増えていると述べています。これは黒土地の有機炭素含有量が減少していることと密接な関係があります。研究によれば、有機質が豊富な水田では、たんぱく質と糖分のバランスが良く、米の香りもより豊かになる傾向があるとのことです。土壌構造が一度破壊されてしまえば、どれだけ肥料を与えても、かつての品質を取り戻すことはできません。
黒土地の命運は瀬戸際にある
中国東北の黒土地が直面している劣化の危機は、もはや農業問題にとどまらず、国家の食料安全や生態安全にも関わる「体系的な課題」となっています。東北地域は中国の重要な商品作物基地であり、その生産量と安定性は中国全体の食料市場や政府の調整能力に直接に影響を与えます。もし黒土地がこれ以上「高収量・安定収量」を維持できなくなれば、中国人の食卓が揺らぐことになります。
(翻訳・藍彧)