中国共産党(以下、中共)の年に一度の全国人民代表大会(全人代)と中国人民政治協商会議(政協)(通称「両会」)が、3月4日に北京で正式に開幕しました。その中で、「フリーランス労働者」の社会保険加入に関する提案が大きな注目を集めています。全国人民代表大会の代表である李東生氏をはじめとする複数の代表は、フリーランス労働者の社会保険統一基金の保険料率を引き下げることで負担を軽減する、または社会保険料の動的調整メカニズムを確立する、さらには一部の保険種別の加入制限を撤廃することを提案しました。この提案がメディアで報じられると、瞬く間に広く議論を巻き起こしました。

 「フリーランス労働者」という概念は、中共が近年生み出した重要なキーワードの一つであり、定職を持たず、個人メディア、フードデリバリー(宅配)、ライドシェアドライバー、フリーランス、ギグワークなどで生計を立てる新興職業層を指します。このような雇用形態の不安定さにより、多くの関連業界では社会保険が提供されておらず、彼らは社会保障制度の中で相対的に弱い立場に置かれています。

 2023年に発表された「第9回全国労働者状況調査報告」によると、中国における新しい雇用形態の労働者は8400万人に達しているそうです。そのうち、フードデリバリー大手の美団(Meituan)だけでも、配達員の数が2019年の399万人から2023年には745万人へと急増しました。最近、美団とEC大手の京東(JD.com)が、それぞれ自社の配達員に社会保険を提供することを発表し、この動きが世論の間で賛否両論を呼んでいます。

 支持者は、これらの措置が配達員の権利を保護し、社会の公平性を促進し、フリーランス労働者が社会保険を享受できるようになることで、より健全な労働関係を構築できると評価しています。一方で、反対派は、最終的に社会保険料の負担は配達員自身に転嫁される可能性が高く、結果として経済的負担の増大や収入の減少につながると懸念しています。また、企業側がコストを消費者に転嫁し、デリバリー料金の値上げにつながる恐れも指摘されています。

 さらに、多くの人々は、こうした政策の背景には、中共政府が社会保険の加入者を増やし、深刻化する社会保険基金の不足を補い、年金財源の問題を緩和しようとしている意図があると指摘しています。

 近年、中国の社会保険基金の財政負担はますます深刻化しています。一方で、高齢化の進行により年金受給者の数が増加し続けており、もう一方で、経済の低迷によって企業の倒産や失業者が増加し、社会保険の納付者が減少しています。中国社会科学院が発表した『中国年金精算報告2019-2050』によると、適切な改革が行われなければ、中国の都市部職員向け基本年金保険基金は2035年までに累積準備金が枯渇すると予測されています。この危機を回避するため、中共は定年の引き上げや社会保険料率の引き上げなどの政策を次々に導入しています。しかし、経済成長の鈍化と労働市場の停滞を背景に、これらの政策が実際に効果を発揮するかどうかは、依然として不透明な状況です。

 近年、中国経済はこれまでにない試練に直面しています。米中貿易戦争、不動産市場の低迷、地方政府の債務の急増などが重なり、経済成長に大きな圧力をかけています。ピーターソン国際経済研究所(PIIE)のデータによると、2024年末時点で、米国が中国からの輸入品に課している平均関税率は19.3%に達し、トランプ政権時代に追加された関税を含めると、総税率は約40%に及んでいます。この関税障壁により、中国の輸出品のコストが上昇し、サプライチェーンの海外移転が加速し、製造業や雇用市場に深刻な打撃を与えています。

 また、中国財政部のデータによると、2024年12月時点で全国の地方政府の債務残高は47.5兆元に達しており、一部の地方政府は債務返済が困難となり、「新たな借金で古い借金を返済する」状況に陥っています。地方債務問題は、中国経済の「時限爆弾」とも言われ、そのリスクが制御不能に陥った場合、さらに深刻な経済危機を引き起こす可能性があります。

 一方、あと2カ月で、中国では新たな大学卒業シーズンを迎えます。中国教育部の予測によると、2025年の大学卒業生の数は1222万人に達し、前年の1179万人から43万人増加する見込みです。これにより、今年の雇用市場はさらに厳しくなると予想されています。これまで、多くの大学生が「フリーランス労働」を選択せざるを得ず、その結果、デリバリー業界や宅配業界で競争が激化し、配達員の仕事が「過当競争」の状態に陥っています。

 同時に、人工知能(AI)の発展も労働市場を再構築し、伝統的な職業の消失を加速させています。『新新聞』の報道によると、中国の有名化粧品企業「韓束(Han Shu)」の親会社である上美股份は、AIを活用して人員削減を進めており、カスタマーサポート部門の削減率は95%に達しました。また、法務、新製品開発、コンテンツ制作部門においても、それぞれ50%、70%、80%の人員削減が行われたそうです。

 中国のAIプラットフォーム「DeepSeek」が発表した「AIの影響を最も受けやすい職業リスト」には、カスタマーサービス担当者、データ入力員、物流作業員、製造業従事者、金融アナリスト、医療診断士(放射線科医など)、法務アシスタント、マーケティング担当者、翻訳者、タクシー・トラック運転手などが含まれています。

 今回の「両会」でも、AI関連の提案が提出されており、「失業リスク警告システムの構築」や「AI関連の教育研修への予算増額」などが提案されています。しかし、中国の財政状況が逼迫し、経済環境がますます厳しくなる中、これらの提案が実際に実施され、国民がその恩恵を受けられるかどうかは、依然として不透明な状況です。

(翻訳・吉原木子)