中国共産党(以下、中共)の李強首相は3月5日、全国人民代表大会(全人代)で政府活動報告を発表しました。専門家は、中国経済の回復が思うように進まない中でも、中共が軍事費の増加を続けていることに注目しています。この状況は、毛沢東時代を想起させるものであり、台湾への対抗だけでなく、習近平国家主席が政権維持のために最悪の事態を想定している可能性があると指摘されています。

 淡江大学公共行政学系の副教授である張正修氏は3月6日、「Newtalk新聞」に寄稿し、李強首相が政府活動報告の中で「内需拡大による経済回復」を掲げたことについて言及しました。しかし、実際の財政政策をみると、その景気刺激策の規模は市場の期待には遠く及ばないと指摘しています。報告によると、2024年の財政赤字率は4%程度に設定され、前年より1ポイント引き上げられました。財政赤字の規模は5兆6600億元(約116兆円)で、前年より1兆6000億元(約32兆円)増加しています。また、政府は1兆3000億元(約26兆円)の超長期特別国債を発行する予定で、前年より3000億元(約6兆円)増額されています。さらに、国有大手商業銀行の資本補充を目的とした特別国債として5000億元(約10兆円)を発行する計画も明らかにされました。地方政府向けの特別債は4兆4000億元(約90兆円)に達し、前年より5000億元(約10兆円)増加し、主にインフラ投資、土地取得、地方債務の処理などに充てられるとされています。
 
 張正修氏は、中共が「消費促進と内需拡大」を今年の最優先課題として掲げていることは明確であるものの、実際の財政支出の規模を見ても、昨年の財政赤字と今年の新規債務を合算してもGDPの3%程度にしかならず、その刺激策は決して強力なものとは言えないと分析しています。加えて、政府の対応が遅れていることもあり、市場の不安を払拭するには至っていないと指摘しました。
 
 また、米国の経済学者である黄大衛氏は3月5日、「大紀元」の取材に対し、「中共の財政政策は本質的に『新たな借金で旧債を返済する』仕組みになっており、資金は政府が必要とする支出を維持するために使われているにすぎない」と述べました。実際に市場に流れる資金の割合は極めて低く、中国経済の構造的な衰退問題を解決できていないため、今後も経済の下振れ圧力は強まるとの見解を示しています。
 
 経済の低迷が続く中でも、中共は軍事費の大幅な増額を決定しました。中国財政部の発表によると、2024年の軍事予算は1兆7800億元(約36兆円)で、前年より7.2%増加し、4年連続で7%以上の伸びを維持しています。張正修氏は、「経済が低迷しているにもかかわらず、中共は軍事力を拡大し続けている。経済回復を優先するのではなく、軍事力の強化に重点を置いている」と指摘しました。また、毛沢東時代の「核兵器は持つが、ズボンは履かない」といった発想が再び浮上していると懸念を示しました。
 
 中国問題専門家の王赫氏は、中共が経済的な困難にもかかわらず軍拡を進めている背景には、2027年の「建軍100年」を見据えた野心があると指摘しています。多くの専門家は、この目標が台湾への軍事行動を意味していると考えており、現在の経済状況が中共の軍拡を抑制するどころか、むしろその動きを加速させていると分析しています。李強首相は今年の政府活動報告においても、昨年と同様に「習近平強軍思想」を強調し、中共による軍の「絶対的な指導」と「中央軍事委員会主席責任制」を改めて確認しました。
 
 しかし、最近の中国軍では多くの高官が粛清されており、今年の全国人民代表大会(全人代)に出席した軍代表の人数は大幅に減少しています。
 
 フランス国際放送(RFI)は3月5日の評論で、全国人民代表大会の開幕前に習近平主席が政治局会議で「政権の安全」「経済の安全」「軍事の安全」を強調したことに言及しました。しかし、これらの中でも「政権の安全」が最優先されており、そのために「軍事の安全」が不可欠であると指摘しています。これが、ここ数年続いている軍事費の増額と、2025年も引き続き7.2%の増額を維持する理由だと分析されています。
 
 さらに、この評論では、中共による軍の大規模な粛清の目的は、「銃を忠実な者の手に握らせる」ことにあり、それは単に台湾に対するものではなく、政権維持のための最悪のシナリオを想定したものだと述べています。しかし、「大紀元」の評論家である鐘原氏は、3月5日に行われた軍代表団の分科会討論での発言内容に注目し、そこに微妙な変化が見られると指摘しました。
 
 例えば、中央軍事委員会副主席の張又侠氏は、これまで強調されてきた「軍委主席責任制」について言及しませんでした。また、同じく副主席の何衛東氏は発言の中で、「習主席」よりも「党中央」を先に置いて表現するなど、これまでとは異なる言い回しをしました。さらに、他の軍代表の発言の中でも、例年のように「習主席の指揮に絶対服従する」といった忠誠を示す発言が見られなかったことが特徴的でした。
 
 また、習近平主席が会場に入る際、一部の官員は拍手をしたものの、何もしない者もおり、多くの参加者の視線は習主席本人ではなく、その背後へ向けられていました。こうした微細な変化が、外部にさらなる憶測を呼ぶ要因となっています。この事は、中共内部における軍事権力の争いと、習近平政権の行方についての不安が依然としてくすぶり続けていることを示しています。
 
 経済の低迷や財政政策の限界が明らかになる中、中共はなおも軍事力を拡張し続け、同時に軍内部の粛清を進めています。専門家は、この状況を毛沢東時代の「核兵器は持つが、ズボンは履かない」という思想の再現と見ており、習近平主席があらゆる可能性を想定し、政権存続のために最悪のシナリオを準備している可能性を指摘しています。

(翻訳・吉原木子)