2024年、中国東方航空(東航)はパイロット訓練生の審査基準を変更し、少なくとも89名の訓練生が飛行停止の処分を受けました。この決定は、彼らのキャリアに大きな影響を及ぼすだけでなく、中国の航空業界が直面している厳しい現実を浮き彫りにしています。

 2月21日、東航は「東航パイロット訓練生の研修期間管理に関する通知」を発表し、2024年3月1日までに商業飛行免許(CPL)を取得したものの、ICAO(国際民間航空機関)の英語試験またはATA(航空輸送操縦士試験)に合格していない訓練生に対し、6カ月以内に試験をクリアしなければ研修契約を解除すると通達しました。同様に、3月1日以降にCPLを取得した訓練生も、6カ月以内に試験に合格しなければ契約解除の対象となります。

 これらの試験はどちらも英語で行われ、筆記試験と口頭試験が含まれています。従来の研修契約では試験の受験期限が明確に定められておらず、ATA試験は最大4回まで受験でき、ICAO英語試験に関しては回数制限がありませんでした。そのため、今回の基準変更はパイロット訓練生にとって大きな負担となり、少なくとも89名が飛行停止処分を受ける結果となりました。これにより、東航が中国民用航空飛行学院に委託して養成していた多くの訓練生が、突然キャリアを断たれることになりました。

 中国では、パイロットの養成には主に二つの方法があります。一つは、航空会社が資金を提供し、飛行学校に訓練を委託する「養成生」や「大卒パイロット転向生(大毕改)」の制度です。もう一つは、飛行学校が独自に費用を負担し、卒業後に航空会社へパイロットを供給する方法です。どちらの場合も、パイロットになるまでの養成期間は通常4〜6年を要します。機長として正式に任命されるには、さらに長期間の経験と訓練が必要です。

 航空会社は、養成生に対し研修開始時点で契約を締結し、訓練費用を負担する代わりに、一定期間、所属会社で勤務することを義務付けています。しかし、近年の航空業界ではパイロットの供給過剰が問題となり、航空会社は養成生の受け入れに慎重な姿勢を取るようになりました。今回の東航の決定もその一環と考えられます。一部の航空会社は、審査基準の厳格化に加え、契約自体を解除するケースも増えており、訓練費用の一部を自己負担させる、地上業務の研修期間を延長する、卒業後の採用を保証しないといった措置を講じています。パイロット養成制度そのものが、大きな転換期を迎えているといえるでしょう。

 東航の審査基準の厳格化の背景には、中国の航空業界全体の苦境があります。2020年初頭、新型コロナウイルスの感染拡大により、世界の航空業界は未曾有の危機に直面しました。中国国内の航空市場も深刻な影響を受け、航空会社は大きな経済的損失を被りました。旅客需要の急減により、パイロットの過剰供給が顕著になり、多くの訓練生が操縦の機会を得られない状況が続いています。

 2013年から2019年にかけて、中国の民間航空市場は急成長を遂げ、年間のフライト回数は平均30万回増加していました。この急成長に伴い、各航空会社はパイロットの大規模な採用を進め、2015年から2019年の間に2万3000件のパイロットライセンスが新規発行されました。さらに、2019年から2023年の間には1万8000件が追加され、累計で8万6000人に達しました。しかし、コロナ禍による需要低迷により、パイロットの需給バランスが一変しました。

 2019年、中国の民間航空旅客輸送量は6億6000万人でしたが、2020年には4億1800万人に減少し、2022年には2億5200万人にまで落ち込みました。これは2019年のわずか3分の1に過ぎません。こうした市場の縮小により、航空会社は大幅な赤字を計上し、2020年には974億3200万元、2021年には842億5000万元、2022年には2174億4000万元の損失を出しました。

 近年の航空市場の低迷は、パイロットの雇用環境だけでなく、航空輸送業全体にも深刻な影響を及ぼしています。今年の旧正月期間中、航空券の価格が大幅に下落し、一部の路線では70%以上の値下げが見られました。1月29日前後には、上海から青島、瀋陽、武漢、大連などへの航空券が最低200元(約4,000円)まで値下がりし、例年の同時期では1,000元(約20,000円)以上していたことを考えると、その落差の大きさがわかります。同様に、海南省の海口や三亜への航空券も50%以上の値下げが確認されました。さらに、鉄道の運賃にも大幅な割引が適用され、例えば遼寧省の開原から瀋陽への列車運賃は最低2.5元(約50円)となり、通常運賃の約16%という破格の価格設定となりました。

 こうした航空券や鉄道運賃の急落は、いくつかの要因によるものと考えられます。まず第一に、中国経済の低迷による消費力の低下が挙げられます。経済専門家によると、雇用環境の悪化により、春節期間中の出稼ぎ労働者の移動が減少し、長距離移動の需要が低下しているとのことです。また、個人の可処分所得が減少しているため、多くの旅行者がコストを抑える選択をする傾向が強まっています。特に、燃料価格の高騰や生活費の上昇が影響し、自家用車や電動バイクでの移動を選ぶ人が増えていることも、航空旅客数の減少につながっています。

 次に、鉄道と航空業界の競争が激化している点も影響を与えています。中国の高速鉄道網は年々拡大し、都市間の移動がますます便利になっているため、航空会社は高速鉄道との競争を余儀なくされています。特に、3時間以内で移動できる都市間の路線では、高速鉄道が航空機に対して優位性を持つようになり、多くの旅行者が鉄道を利用するようになりました。そのため、航空会社は価格を引き下げ、顧客を取り戻そうとしています。一方、鉄道会社も割引キャンペーンを強化し、オフピーク時の利用を促す施策を打ち出しているため、交通機関全体の料金が下落する結果となっています。

 さらに、航空業界の供給過剰も価格下落の要因の一つです。多くの航空会社が春節前に運航便数を増やしましたが、予想に反して需要がそれに見合うほど伸びず、大量の空席が発生しました。この結果、各社は搭乗率を維持するために大幅な割引を実施し、乗客を確保しようとしたのです。航空業界は需要に応じた柔軟な運行調整が難しいため、一度増やした便数を即座に削減することができず、結果として安売り競争が激化する状況となりました。

 中国経済の回復が遅れる場合、今後も旧正月期間の「航空券価格の大幅下落」が常態化する可能性が指摘されています。これは市場の単なる価格変動ではなく、消費力の低下を示す重要な指標ともなります。今後、中国の航空業界がどのように市場環境の変化に適応し、収益モデルを再構築していくのかが注目されるところです。

(翻訳・吉原木子)