中国では1月1日から正式に定年退職の引き延ばし制度が施行されたが、それに先立ち、すでに多くの若者が社会保険からの脱退を選択しています。若者たちは、この決断を単なる経済的判断以上のものと捉え、政府に対する信頼よりも自己責任での老後生活を優先する姿勢を示しています。
自分を信じ、国を信じない若者たち
若者の一人、自由ライターの阿智さんはボイス・オブ・アメリカに対し、次のように語りました。「社会保険からの脱退は、若者が引き続き『躺平(タンピン)』(努力を放棄する)という生き方を具体的に示したものだ。国家が提供する年金制度に頼るよりも、節約したお金を自分の老後のために使いたい。今の若者は政権から遠ざかりたいと思っている。可能な限り苦労して稼いだお金を国の制度に投入するのを避け、いわば『切ないながらも小さな幸せ』な生活を送るという考えを持っている」
ボイス・オブ・アメリカの報道によると、阿智さんは昨年9月に中国全国人民代表大会(全人代)常務委員会が退職年齢を引き上げる政策を可決した後、社会保険を脱退しました。毎月1000元(約21000円)の保険料は、彼にとって結構な負担となります。数十年後の老後のためにお金を使うよりも、「今を生きて」幸せになりたいのです。
彼はまた、中国の社会保険システムに対する期待や信頼が低く、支払ったお金が将来的に戻ってこないのではないかという懸念を抱いています。
彼は次のように語ります。
「中国の社会保険基金は長年にわたり赤字を抱え、収支が合わない状態が続いている。そのため、政府は退職年齢の引き上げ政策を打ち出した。しかし、退職年齢を延ばし、年金の支払い期間を長くする措置は、若者から見ると、国がすでに年金を支払う資金を持っていないことを意味している。社会保険からの脱退は、退職年齢引き上げへの不満や抵抗でもある。将来、年金を受け取れる保証がないのに、今お金を支払うのは『他人の老後を支えるだけで、自分には何の意味もない』。お金を貯めて自分の老後を支えるほうが良い。つまり、国家ではなく自分を信じるのだ」
「中国の若者が自分たち独自の生活や経済圏を築き上げており、もはや過度な競争や努力に熱心ではなくなっている。社会競争からできるだけ遠ざかる。満腹ができ、楽しく生活できればそれで十分だ。これこそ『小さな幸せ』だ」
「たとえば、支出の大部分を占める医療、教育、住宅について、多くの人が一生懸命働いて苦労するくらいなら、いっそ家を買わず、社会保険も払わず、自分の手元にお金を残したほうが良い」
阿智さんが多くの中国の若者の本音を反映
あるネットユーザーが投稿した動画で、彼と妻がともに非正規雇用で、彼は毎月1277元(約27000円)、妻は毎月1195元(約25000円)の社会保険料を支払っていることを明かしました。当初は老後生活を保障するために支払っていたが、次第に社会保険料の負担が増え、支払い期間も長くなることに気づき、社会保険を辞めることを検討したが、解約した場合に戻ってくる金額はわずか40%であることがわかり、どうすればよいか悩んでいると語りました。
ネットユーザーからは、「脱退は賢明な選択だと思う」「長く苦しむより、短く済ませたほうがいい」「社会保険料を払うくらいなら、そのお金を銀行に貯金するほうがいい」といったアドバイスが寄せられています。
高齢化がもたらす影響
ブルームバーグの報道によると、中国では数千万人の若者が年金保険料の支払いをやめています。2024年の1~10月における基本年金保険料の純流入額(支払額から給付額を差し引いた後の収入)は前年比で2.3%の増加にとどまり、過去2年間の二桁成長を下回りました。また、加入者数の増加率は2019年の半分にまで落ち込んでいます。
中国国家統計局の2024年のデータによると、2024年末時点の中国の総人口は14億800万人で、2023年末より139万人減少しました。総人口は3年連続で減少しています。人口の減少は労働人口が減り、社会保険料を支払う人が減ることを意味します。
台湾国防安全研究院のアナリスト、鄧巧琳氏は、中国政府がすでに年金の準備不足問題を認識しており、「調整措置」を始めていると指摘しました。具体的には、保険加入者が多い上海、北京、広東などの省の余剰分を、他の省に移転する「全国統一調整メカニズム」と称する制度を導入しているため、現時点では年金制度への大きな影響は避けられているとしています。しかし、本当に深刻な状況は一人っ子政策下で育った世代が退職期を迎える2030年以降になるだろうと述べました。
鄧氏は「2030年以降、退職者と未退職者の比率に明らかなギャップが生じ、年金支給が困難になる可能性がある。もしそうなれば、深刻な事態になるだろう」と述べました。
予測によると、中国の高齢者人口の扶養比率は2035年には36.3%、2050年には53.5%に達し、人口の急速な高齢化が進むと見られています。
ウォール・ストリート・ジャーナル紙も以前、中国では今後10年間で約3億人が退職し、2035年には基礎年金が枯渇すると分析しています。
経済と社会への影響 国家の信用失墜が社会不安の火種に
ボイス・オブ・アメリカが阿智さんやネットユーザーの事例を基に報じたところによると、仮に毎月500元(約10600円)の年金保険料を支払う計算であっても、数千万人が支払いを停止すれば、約50億元(約1060億円)のキャッシュフローが失われることになります。これは、デフレリスクに直面し、すでに経済が低迷している中国にとって深刻な課題となることは間違いありません。
台湾中央研究院の林宗弘研究員は、中国の地方政府が債務危機の中で、年金資金を他の債務返済に転用する可能性があると指摘しました。その結果、中央政府が国債の発行を拡大して地方政府の債務を補填するか、地方政府に新たに債券を発行させて「借金で借金を返す」かという措置を取り、いずれにしても長期的な解決策にはなりません。
林氏は次のように分析しています。
「投資面では、社会保険を脱退する人が増えることで、地方政府が公共支出を拡大し、経済発展を促進するための資金が減少する。消費面では、高齢化社会において多くの人が経済的保障を欠き、老後に備えて貯蓄を優先し、消費を控える傾向が強まる。また、社会保険料を支払いたがらない状況が続くことで、中国経済全体の活力が低下するだろう。どちらの側面も深刻な問題であり、悪循環に陥っている」
鄧巧琳氏は、「昨年、中国政府は地方の基本年金に対して1兆元(約21兆3000億円)の移転支出を計画したものの、現在では社会保険料の収入が大幅に減少しており、中央政府の財政に新たな負担が生じている。その結果、将来的に年金が正常に支給されるかどうかが不透明になっている」と述べました。
年金が十分に支給されなくなれば、国家の信用失墜を招き、社会信用システムの崩壊を意味し、社会不安の火種となる可能性があります。
2023年初頭には、中国の武漢市や大連市で高齢者が「白髪革命」と称される抗議デモを相次いで起こしました。これは、長年支払ってきた医療保険が大幅に縮小されたことに対する不満が原因であり、その具体例となっています。
(翻訳・藍彧)