中国では、当局の国民に対する扱い方がしばしば問題となっています。ゼロコロナ政策のように、基本的な人権さえ無視されることもよくあります。最近、海外に逃げ出した中国の起業家は自身の経験をメディアに語りました。彼は、コロナ禍を通して、中国共産党政権がいかに中国人を傷つけているかを再認識することができたと語っています。
「ウイルスのように扱われた」
2019年末に武漢から始まった新型コロナウイルスの流行は、中国全土を混乱に陥れました。各地域の感染症対策の足並みが揃わず、地方の官僚たちは処分を恐れて、過剰とも言える厳しいロックダウン措置を取りました。その結果、一般市民は不満を募らせ、企業は経営難に陥り、倒産が相次ぎました。
冒頭で紹介した企業家は2021年春、妻とともに商品を仕入れるため、江蘇省・蘇州市の企業に行く予定でした。現地のホテルにチェックインして間もなく、フロントから電話がかかってきました。警察署がPCR検査結果を確認したいと言っている、24時間以内に行ったPCR検査の陰性証明がなければ隔離される、と告げられました。企業家は驚きました。「私たちの都市では48時間以内の検査結果で十分だ。なぜ蘇州では24時間以内のものが必要なのか?健康コードも緑の状態で、感染者と接触したことなどないのに」と弁明しました。
すると電話口に警察官が出てきて、「私たちは24時間以内の検査結果しか認めない。それがなければ集中隔離施設に行ってもらう。従わない場合は強制措置を取る」と言いました。企業家はすかさず反論しました。「冗談ではない。何が強制措置だ。私は法を犯したわけでもなく、48時間以内の陰性証明を持っている。隔離される筋合いはない」。しかし、企業家が弁明を終える前に、電話は切られてしまいました。
数分後、ドアを激しく叩く音とともに、「警察だ。ドアを開けろ!」と叫ぶ声が聞こえました。ドアを開けると、6、7人の警察官が部屋に押し入りました。企業家夫婦は警察車両に押し込まれ、十数キロ離れた隔離施設へと連行されました。企業家によると、その施設は古い工場施設のなかにあり、使い古された従業員宿舎のようでした。設備は非常に劣悪で、薄暗く、衛生状態も悪いものでした。
PCR検査を終えて部屋に入ると、部屋の状態は想像以上にひどいものでした。廊下は真っ暗で、それぞれの部屋の前にはプラスチックの椅子が置かれていました。見張り用だと思っていましたが、食事の時間になると、それが食事を置くためのものだとわかりました。隔離された人々は自分の部屋から離れることを許されませんでした。食事の時間になると、専門の職員がビニール袋に入った食事を部屋の前にそっと置いて、ドアを一度ノックし、すぐにその場を立ち去っていきました。企業家は当時の様子を振り返って、「まるで私たちが本当にウイルスを持っていて、彼らに感染させてしまうかのような扱いだった」と話しました。
江蘇省張家港市での体験
2022年10月末、企業家は再び中国当局の行政管理手段に苦しめられることとなります。
当時、彼は仕入れのため、江蘇省張家港(ちょうかこう)市に赴きました。車で出発する前、取引先の社長は、企業家の健康コードが緑色になっているか、ビッグデータに基づく通行証は緑色になっているかを確認しました。いずれも緑色になっているから問題ないと答えると、現地に到着したらもう一度PCR検査を受ければ市内に入ることができると言われました。
企業家が張家港市に到着すると、高速道路の出口でたくさんの車が列を作って検査を受けているのが見えました。地元当局が検問所を設置していたのです。しばらく待ってようやく企業家の順番が来ました。現地でPCR検査を受ければ通行できると事前に説明を受けていました。
しかし、今回も災難に見舞われます。企業家が通ってきたルートを見た検査員は、「あなたが途中経由したある都市で新たに一人の陽性患者が出た。だからその都市から来た人は進入禁止だ。すぐに帰れ」と言いました。
企業家は憤慨し、「私は数百キロも車を走らせてここまで来た。途中通過した1000万人規模の都市でたった1人の感染者が出ただけで追い返されるのは納得できない。今ここでPCR検査すれば良いではないか」と抗議しました。
しかし、検査員は「現地でのPCR検査はその日のうちに結果が出ないので、通すことはできない。これ以上なにを言っても無駄だ。早く帰れ」と冷たく言い放ちました。
企業家は怒りと無力感でいっぱいになり、仕方なく車をUターンさせました。道中、面会する予定だった取引先の社長に電話して事情を説明しました。事情を聞いた先方(せんぽう)は、「来られないなら仕方ない。私たちは政府の感染症対策に従わなければならない」と電話口で話しました。
その言葉を聞いて、企業家は不快感を覚えました。取材では、「長年虐げられてきた人々は、それに慣れてしまう。首に掛けられた鎖を金のネックレスとでも思い込んでしまうのは、なんと悲しいことか」と述べ、中国人が共産党政権の高圧的な統治に「慣れて」いる現状を嘆きました。
江蘇省南通市での体験
2022年3月初旬、企業家は南通(なんつう)市の工場を視察するため、高速鉄道で現地に赴きました。南通駅に着いた後、検査のため列に並び、順番を待ちました。企業家の番になると、白い防護服を着た検査員は「あなたが持っているのは48時間以内の検査結果だ。でも、ここでは24時間以内のものが必要だ」と言いました。
企業家は「2022年になって、どこの都市でも48時間以内の検査結果で通行できる。なぜ南通市だけ24時間以内なのか」と聞きました。しかし検査員は「24時間以内の検査結果がないと通行できない。ここで帰りの切符を買って帰りなさい」と冷たく言い放ちました。その言葉を聞いた企業家は怒りが込み上げて来たそうです。しかし話が通じないため、仕方なくその場で帰りの切符を買って帰ることにしたそうです。
海外でメディアの取材に応じる際、企業家は、もともと社会主義体制に対して反感を抱いており、中国共産党の一党独裁にも嫌悪感があったと話しました。そして、新型コロナウイルスの流行に伴うロックダウンの経験を通して、社会主義制度の本質的な欠陥と一党独裁政治の問題点を深く認識することができたと語りました。
企業家は、中国各地の感染症対策は混乱を極め、過度な行動制限により中国全土が巨大な監獄に化したと述べました。さらに、そのような封鎖は一般市民の生活を全く考慮に入れないものであり、共産党政権の思うがままに運用されていたと指摘しました。
中国の白紙革命のきっかけとなったのは、2022年11月24日に新疆ウイグル自治区のウルムチで発生した建物火災でした。人々の移動を制限するため、当局が建物の入り口を封鎖し、逃げ場を失った人々が多数死傷しました。また、上海では多くの高齢者がスマホアプリを使えなかったため食料を購入できず、飢えに苦しむ状況も見られました。
取材に応じた企業家は、このような混乱や悲劇が頻発する根本的な原因は、中国共産党の独裁体制にあると指摘しました。
(翻訳・唐木 衛)