神韻の初期作品:袖の舞(2012年制作)(神韻動画のスクリーンショット)

 「長袖善舞(ちょうしゅうぜんぶ)」という四字熟語を聞いたことがありますか?本来は、袖が長い服のほうが、袖の短い服よりも舞う時に美しく見えることを指します。これから転じて、前もってしっかりと準備して臨めば、または、元手や資質があれば成功しやすいということの譬えとして使われます。
 春秋戦国時代から明清王朝期まで、長い袖を振りながら踊る姿は中国古典舞踊の中でよく見られます。優雅で飛び舞う舞袖は、中国古典舞踊の一つ大きな特徴です。
 歴代の文人は文学作品で「舞袖」を生き生きとした記載を残しました。飛び舞う長い袖が伸びたり、丸まったり、重なり合ったりする夢幻のような情景を描画する文章は数多くありました。舞袖は蝶が舞うように見えたり、銀色の龍が飛び立つように見えたりして、豊富な変化を魅せてくれます。史料によると、漢王朝期の「盤鼓舞」(宴会に興を添える踊りで、盤または鼓を地面に置いて、盤鼓の上で歌いながら踊る舞踊)、南北朝時代の「白紵舞」(白い麻「白紵」の衣装を纏って踊る舞踊)、唐王朝期の「綠腰舞」(「六幺舞」とも呼ばれ、しなやかな動きと舞袖が特徴)、「霓裳羽衣舞」(玄宗が夢の中で仙人に連れられ、月宮で見た天女の舞楽を模して霓裳羽衣曲を作ったとの説があり、楊貴妃がこの曲に合わせて霓裳羽衣舞を作った)などには美しい舞袖がありました。

動画:神韻の初期作品:隋朝の袖の舞(2016年制作)

 盛唐時代は、中国舞踊の発展がもっとも輝かしい時期でした。唐の楽舞に関する文字と画像の記録から見ると、唐王朝期において「袖舞」はおおむね二つの方向に発展しました。
 一つは、「長袖」への発展、つまり袖の丈が長くなることです。「袖が極めて長い」ことが特徴でした。唐の敦煌石窟(とんこうせっくつ)壁画に描かれた「飛天」の画像ではほとんど、身体または手にとても長い絹の帯を纏い、帯を上下にひるがえさせたり、左右に旋回させたりしながら踊る姿です。長い帯をたなびかせながら踊る舞踊は、唐王朝期の流行りの舞踊形式でした。
 もう一つの方向性は、「広袖」への発展、つまり袖の幅が広くなることです。「広袖の上衣」、「抹胸」(胸の上部まで引き上げる長裙)と「雲肩」(肩にかける衣類)は唐王朝期の女性の間で流行の衣装でした。「広袖」が袖舞の服装に登場すると、袖舞は華やかさと気品が増し、富貴で華麗な宮廷と仙境のイメージに近づきました。

 繁栄で輝かしい唐王朝が滅亡した後に、五代十国時代の袖舞が唐王朝期の伝統を引き継ぎましたが、華麗な風韻が盛唐に及ばなくなり、生活化する傾向が見られました。
 宋王朝期になると、国力がだんだん衰え、宮廷舞踊に活気がなくなり、定型化されつつありました。従来の宮廷舞踊の芸人が一般市民になり、民間楽舞の発展を促進させた中で、戯曲芸術が誕生しました。袖舞は従来の舞踊領域にとどまらず、「唱(歌)・念(台詞)・做(仕草)・打(立ち回り)」を中心要素とする戯曲芸術にも取り入れられました。袖舞は、高度に洗練された表現手法になっただけではなく、「水袖」という独特な技法をも生み出しました。

 民間での言い伝えから見ると、「水袖」が漢王朝期から始まり、唐王朝期では盛期となりました。身韻、身法と技巧の調和を重んじ、中国古典舞踊の中で難易度がとても高い技巧です。「水袖」とは、戯曲服装の袖口に長く飾り付けた白い絹織物です。水袖を活用した様々な技法で、演劇人物の性格と感情を豊かに表現することができます。その後、戯曲の中で特定された役柄(行当<ハンダン>ともいう)に定型化された動作の制限を越えて、独立した舞踊としての「水袖舞」が生まれました。
 唐王朝期の李勣(註)の墓地で発掘された壁画からみると、唐王朝期にすでに水袖舞が存在したことが窺えますが、現在の水袖舞と若干異なります。現在の水袖舞は戯曲から発展したもので、水袖の真ん中部分に一つのスリットが入っていますが、唐王朝期の水袖は筒袖(つつそで)でした。
 水袖舞は典型的な中国古典舞踊の一つです。その表現力は豊かで、詩のような趣に富んでいます。「写実より写意を重んじ、抒情の中で叙事」が特徴です。悲しみ、哀愁と切ない感情を表現することができる他、雄大で壮観な景色、または陽気で闊達な気概も表現できます。

 「水袖舞」を上手に踊る重要なポイントは、指、腕、肘、肩の四つの部位の動きを協調と融合することです。まずは外面的な動作として、頭(身体の上部)、腰(身体の中部)、足(身体の下部)の対称と力のバランスが要求されます。次に、股、膝、足の同調が求められます。さらに、肩、肘、腕が「追(つい)」と「随(ずい)」です。「追」と「随」とは一連の動きの主従関係に従い、各部位に入れる力の強弱、動き幅の度合いを調整することです。ダンサーは身体をリラックスしながらあらゆる部分の連係を要求されます。体の内面を引き締めながら外面を緩め、体をまっすぐ伸ばしながら微かに引き締め、動作が力強くてしなやかであることを要求されます。
 水袖舞の動作は出袖(袖を放つ)、收袖(袖を引き戻す)、揚袖(袖をたなびかせる)、搭袖(袖を投げて体の部位に載せる)、抓袖(袖を掴む)、衝袖(袖を強く放して迅速に引き戻す)、繞袖(袖をらせん状に巻く)、撇花(袖を迅速に回す)があります。袖を強く放して迅速に引き戻す力強い技法「抓袖」と「冲袖」で、激しい気性と怒りを表現することが多いです。袖を投げてらせん状に巻いたり、速く回したりする「繞袖」と「撇花」のようなすばしこい技法で、軽快、喜悦な気持ちを表現します。水袖舞では水袖を装飾的な道具だけではなく、身体の一部分になるように、動作の幅を大きくすることを求められます。
 ダンサーは水袖を熟練に運用することで、人物の感情を細微まで表現できます。これはまさに声のない言葉で、観客が水袖の動きから表現される人物に思いを馳せることができます。

 神韻芸術団の演出の中で、このような素晴らしい水袖舞を鑑賞できます。例えば、神韻2012年公演で中国古典舞踊の演目「水袖」の中で、デジタルバックスクリーンに描かれた天上の金頂宮殿が舞台に広がり、仙山の間に瑞雲がまつわりめぐる中で、仙女たちがひらひらと舞い、長い袖を軽やかに広げ、風に乗ったように舞い上がる衣装と軽妙な姿は、観客を天上の世界に引き込みました。そして、神韻2018年公演の演目『漢王宮の袖の舞』では、そよ風が穏やかな湖面を揺らすと、どこからか衣装の袖のささやきが静寂の中に立ち上がります。少女たちが身に纏う薄絹の水袖の麗しい動きが、彼女らのみずみずしい心の優美さを伝えます。

 神韻のこれからの巡演シーズンは2023年12月に始まり、2024年2月まで続きます。名古屋、東京(渋谷)、京都、さいたま、堺、大阪、鎌倉、東京(八王子)、東京(文京)、札幌、神戸、福岡の12カ所で公演を行います。神韻でしか観られない舞踊と生演奏のオーケストラの饗宴という特別な体験を、劇場でお楽しみください。

チケット購入はこちら:

神韻2024日本公演

註:李勣(りせき)、元の姓は徐、唐より国姓の李を授けられ、字は懋功、初唐の名将。

(文・茹之/翻訳・心静)