中国の李克強前総理が上海浦東新区の東郊賓館(ドンジャオ ステート ゲスト ホテル)で急死したことで、この賓館は注目を浴びました。米国に住む元上海の起業家、胡力任(56歳)は10月28日、大紀元時報とのインタビューで、東郊賓館の知られざる内幕を明かしました。

 上海東郊賓館は、国営企業である東湖グループに所属し、上海最大規模の庭園式5つ星ホテルで、中国共産党の指導者が賓客を迎える主要な場所として知られています。この賓館は1995年6月に建設が始まり、全体的なスタイルは北京の釣魚台国賓館(ちょうぎょだいこくひんかん)にやや似ています。最初の3つの建物は2006年7月に完成し、2007年3月に正式に営業を開始しました。

 東郊賓館は、多くの外国の重要なゲストを数多く迎えました。2021年4月には、米国のケリー気候変動問題担当大統領特使が上海を訪問した際、東郊賓館に宿泊しました。

東郊賓館、かつて江沢民の住居だった
 胡力任の企業は、淘宝(タオバオ)のサプライヤーが偽物を提供したことで倒産しました。彼は自分の権利を守る過程で、中国共産党政府の多くの腐敗した内幕を知ることになりました。2018年に胡力任はアメリカに亡命しました。

 胡力任は大紀元時報とのインタビューで、李克強が急死した東郊賓館について詳細に知っていることを明かしました。東郊賓館は上海市政府の迎賓館であり、かつて江沢民の私的な住居でもありました。その地位は、上海における中央政府の「釣魚台国賓館」に相当します。

 胡力任は、これらの情報を当時江沢民の警護を担当していた友人(苗字は張)から聞いたものであり、同友人は当時上海市政府の警衛部門の責任者の一人だったと述べました。彼らはよく一緒に食事をし、会話の中でこれらの問題について話すことがよくありました。

 2005年3月、江沢民が引退した後、ほとんどの時間は上海で過ごしました。江沢民は上海に複数の住所を持っており、上海西郊賓館、上海大公館、蘇州太湖賓館などが含まれています。驚くべきことに、江沢民の引退後、上海当局は彼のために特別に建設した高級邸宅を、極秘の「上海第一プロジェクト」に分類しています。また、上海市政府はインターコンチネンタル上海瑞金(旧瑞金賓館)や浦東地域にも別荘を建設し、江沢民に多くの選択肢を提供しました。

 胡力任は、江沢民が引退後、北京から上海に戻ったため、上海市政府は当時東郊賓館にある一つの庭園を改装し、江沢民の老後生活を送る場所として提供していたと、友人から聞いたと明かしました。

江沢民の警護、中央警衛局に引き継がれた
 胡力任は、友人の話によると、江沢民が上海に戻った後、最初の警護は上海市政府の警衛局が担当していたが、その後、代わりに北京側の中国共産党中央弁公庁警衛局(以下、中央警衛局)が担当するようになったと言われています。

 胡力任は、「江沢民が住んでいた東郊賓館のその建物の警護は北京当局が担当していたことを後で知った。したがって、李克強が住んでいた場所の警護もきっと北京当局が担当していたのだと思う」と述べました。

 中央警衛局は中国共産党の最高指導者の安全を警護する組織で、一般に「中南海ボディーガード」あるいは「近衛兵(このえへい)」と呼ばれ、常に中国共産党の歴代最高指導者の信頼できる腹心の部下が責任を担ってきました。習近平が政権を握ってから7年間で中央警衛局の局長を4人交代させ、現在は習近平の腹心である王小洪が中央警衛局を率いています。習近平が中央警衛局を頻繁に交代させることは、クーデター防止に関係していると外部から見なされています。

引退した指導者は事実上の軟禁状態
 李克強は東郊賓館に到着した翌日に、突然の心臓発作で死亡したことで、彼の死因は外部から多くの憶測を呼び起こしました。情報筋によると、李克強が北京に滞在せず上海に行った理由は、彼が事実上の軟禁状態にあったためとも言われています。

 また、メディアの報道によると、江沢民は晩年、習近平によって上海で事実上の軟禁状態に置かれていたとされています。

 胡力任は、「李克強の死は偶発的なものだと皆が考えているが、私は全く驚かない。中国では、伴君如伴虎(主君に伴うは虎に伴うが如し)ということわざがあり、つまり、主君に仕えるのは虎に使えるのと同じくらい危険だと言われている。李克強は習近平と10年以上共に仕事をしており、その間に彼がどれだけの内幕を知ったかを考えてみてください。中国共産党は非常に暗黒の組織だ」と述べました。

 胡力任は、江沢民が東郊賓館で過ごしていた期間中、浙江省寧波に行くことも、故郷に帰ることも、どこに行こうとしても、そのたびに、中央の承認を待たなければならなかったと、警衛局の友人から聞いたことを明かし、「上層の指導者が許可しない限り、自由に行動することはできない。彼らは事実上の軟禁状態にある」「中国共産党の内部では、役職が高いほど、より一層軟禁されることが多い」と述べました。

胡力任「死因は当局の必要次第だ」
 李克強は発病後、上海中医薬大学附属の曙光医院東院で治療を受けましたが、ネット上では、「一体、命を救っているのか、それとも命に害を加えているのか?」といった疑念が広がっています。

 中国共産党中央党校の元教授で、反体制派である蔡霞は、Xプラットフォームで次のように投稿しました。「ネット上で李克強が上海の東郊賓館に滞在していると言われている。上海中山医院の心血管疾患の救急治療は全国トップ3に入る病院だ。東郊賓館から中山医院までの地図をみると、3つのルートがある。最も遠いものでも30分以内で病院に到達でき、最も近いものは23分で病院に到達できる。急性心筋梗塞を救急するゴールドタイムは120分以内であり、中山医院の救命成功率は96%である」

 蔡霞は、なぜ李克強を中山病院に送り、救急治療を行わなかったのかと疑問を呈しました。

 胡力任は、自分の親友の一人は曙光医院の医師であり、この医院は中国で有名な病院ですが、接骨治療で最も有名で、心臓疾患の救急には全く適していないと述べました。

 胡力任は、李克強の心臓発作について、「李克強のような人には、プロの医療チームが付いている。彼は若いだし、普段から体を鍛えている。彼が突然心臓病を発症する可能性は、まるでアメリカで1億ドルの宝くじを当てる確率のようなものだ」と述べました。

 胡力任は、李克強の死についても非常に怪しいと考えています。「李克強は中毒死ではないかと私が疑っている。上海の警衛局の人々は東郊賓館の玄関すら入ることができず、すべてが北京の中央警衛局に引き継がれた。率直に言えば、あなた(中国共産党の幹部層)の死因は、当局の必要次第であり、当局が決めることだ」

 胡力任はまた、「中国共産党内部の出来事は、私たち一般人の想像をはるかに超えており、非常に暗黒だ。中国共産党そのものが1つの内部闘争史である」と述べました。

 米国在住の個人メディアである李沐陽の暴露によると、現在、李克強の食事を担当していた厨師チームが失踪しており、中国共産党内部の習近平と李克強以外の第三勢力による毒殺の可能性も排除されないとしています。

(翻訳・藍彧)