マティス米国防長官(Monica King, United States Department of Defense /パブリック・ドメイン)

 マティス米国防長官は2度目のベトナム訪問を挙行した。同国を年に2度訪問するのは異例だ。マティス長官の狙いは、中国の脅威に問題意識を持つ国々と意見を共有し、中国に関する米国のメッセージを伝える点にあるとみられている。

 ベトナム戦争時に海軍へ入隊したマティス長官(戦闘には参加せず)は、今年1月にもハノイを訪問した。偶然にも1968年の「テト攻勢」から50年を迎える直前であった。

 テト攻勢とは、北ベトナムが南ベトナムの主要軍事目標を攻撃し、ベトナム戦争の戦況を決定づけるきっかけとなった出来事である。また米国が軍事的な失敗を期したことで、反戦感情が高まる結果となった。

 マティス長官がベトナムを訪問した1ヶ月後、米海軍の空母・USSカール・ヴィンソンがダナンに寄港した。これはベトナム戦争終結以来初の出来事であった。中国の軍事力の増大に対抗するため、地域内のパートナーシップを強化する意図を中国に植えつける意図があったとみられる。

 中国の行為で最も印象的なのは、南シナ海で係争中の島々に戦略的な軍事基地を建設したことであろう。トランプ政権は、中国軍がこれらの島の一部に対空ミサイル等の兵器を配備した点を批判した。今年6月、マティス長官も「脅迫のために用いられる兵器だ」と評した。

 今回、マティス長官はベトナム空軍の基地を訪問し、ベトナム国防部長(日本の防衛大臣と相当する)と面会した。

 今回の訪問は、9月にベトナムの国家主席が亡くなった後の指導者移行期間中に行われた。今月初め、ベトナムの与党・共産党は、ベトナム共産党中央委員会書記長・グエン・フー・チョンを国家主席に指名している。

 ホーチミン市を訪問した最後の米国防長官は、2000年のウィリアム・コーエン氏だった。彼はベトナム戦争以来、同国を訪問した最初の米国国防長官だ。米国は1995年に正式な外交関係を回復させ、2016年には武器禁輸を解除した。

 当初、マティス長官は北京の訪問を予定していたが、米中間で貿易・防衛問題の緊張が高まったため中止となった。中国が米軍艦による香港訪問の申請を却下したことを皮切りに、米国は太平洋における海上訓練から中国を排除した。これに対し中国は9月、海軍長官によるペンタゴン訪問を取りやめ、米国に台湾への兵器売却を取り消すよう要求した。

 米中の緊張は、ベトナムと米国の強力なパートナーシップ関係の重要性を示唆している。

 外交問題評議会のシニア・フェローでアジア専門家のジョシュ・クランツィック氏は、あるインタビューの中で次のように説明している。
「近年のベトナムは中国と米国との間で慎重にバランスを取るのをやめ、米国に重点を置き始めた。ベトナムはトランプ政権の政策をよく反映し、『自由かつオープンなインド太平洋戦略』を採用している。これは地域のすべての国が南シナ海を平和に運用し、国際貿易を推進するという考え方だ」

 また同氏は「ベトナムは、中国の東南アジア政策を最も懐疑的に受け取っている国だ。そのため同国と米国は自然にパートナーとなった」と述べた。

 ベトナムと南シナ海の島々の「距離の近さ」は、中国側による領土の主張に重要な役割を果たしている。ベトナムは1979年に中国との国境紛争を闘った。

 ベトナムは以前から北方の巨大な隣人―中国を警戒してきたが、中国と同じく単一政党制を採用している。ベトナムは増加する腐敗や反体制派の勢力に対する取り締まりを強化し、2016年には複数の政府高官が投獄される事態となった。

 過去30年にわたる経済の変化は、ベトナムの目を外国投資や貿易に向けさせた。その結果ベトナムは東南アジアで最も急速に成長を果たした国家の1つとなった。共産党が一党政権への挑戦を許すことはないが、米国はベトナムの政権に接近するため努力を続けている。

 1月にハノイを離れる際、マティス長官はアメリカとベトナムが利益を共有すべきとの考えを、次のように表現した。

「アメリカもベトナムも、他国による支配を望んでいない」

(翻訳・今野秀樹)