中国政府が社会保険の加入拡大を進める中、年金保険料を払い続ける余裕のない人々に地方当局や銀行が融資を勧めていることに、批判が広がっている。論争のきっかけは、中国人力資源・社会保障省の李忠次官が10月10日に行った発言だ。李氏は、政策の見直しや「データを活用した洗い出し」によって年金制度の未加入者を特定し、加入を促す方針を示した。
李氏は「まだ加入していない人々がいる。その人たちはどこにいるのか。今後もさまざまな手段で見つけ出し、加入を働きかけていかなければならない」と述べた。同省はその後、社会保険の未加入者を対象に、毎年恒例の全国的な加入促進キャンペーンを始めた。
一方、一部の地域では、保険料を納めるための資金を銀行から借りられるようにするという別の手法も導入されている。だが、この取り組みは、賃金の伸び悩みや雇用機会の不足に苦しむ労働者の反発を招いている。
加入を続けるために借金
湖北省荊門市では、地元の社会保険当局と荊門農村商業銀行が、一時的に保険料を納められなくなった人を対象に「社会保険ローン(社保貸)」を導入した。湖北省政府は公式サイトの記事で、この融資が保険料納付の差し迫った問題を解決したと評価し、柔軟就業者(フリーランスやギグワーカーなど)への初の融資事例を紹介した。
重慶市でも、一部の柔軟就業者を対象に、同様の融資「渝保貸」が運用されている。銀行が優遇金利で融資し、資金を税務当局に直接振り込む仕組みで、借り手は年金の受給開始まで返済を猶予される。
広西チワン族自治区では、地方政府と農村部の銀行が、退職年齢が近いのに年金受給に必要な納付年数に届かない人を対象に「継続納付ローン」を設けた。中国の経済紙『毎日経済新聞』が2024年に行った調査によると、同自治区天峨県では、年利3%で最大8万元を借りることができる。返済は退職後に始まり、毎月の年金の65~80%が天引きされる。
制度の論理に疑問の声
融資制度を支持する人々は、一時的な経済的困難のために労働者が年金の受給資格を失う事態を防げると主張する。しかし、ネット上では厳しい批判が相次いでおり、特に収入が不安定な柔軟就業者の反発が強い。多くの人が問題視しているのは、当局が未加入者の洗い出しに力を注ぐ一方で、人々が保険料を払わなくなった理由には向き合おうとしない点だ。
あるネットユーザーは「人々は必ずしも社会保険料を払いたくないわけではない。収入が不安定なうえ、保険料は全額自己負担だ。家賃と食費を払えば、その日を生き抜くだけで精いっぱいなのに、老後のことまで考えられるはずがない」と書き込んだ。別のユーザーは「以前はただ貧しいだけだった。今は貧しいうえに、銀行に借金まで抱えている」と率直に批判した。批判の核心は、融資では収入不足という根本的な問題は解決せず、負担を将来に先送りするにすぎないという点にある。
年金基金の不正流用が不信に拍車
こうした懐疑論の背景には、年金制度で実際に確認された問題もある。中国の審計署(日本の会計検査院に相当)が2025年に公表した報告書によると、年金関連資金414億800万元が不正流用や目的外使用、詐取の対象となっていた。
このうち13の省級行政区は、計406億2,600万元を地方政府の支出や債務返済に回していた。さらに、当局者や仲介業者が書類を偽造し、受給資格のない数千人に年金を不正受給させていたことも判明した。
中国政府は、社会保障の対象拡大が目的だと説明している。しかし今回の論争は、より根本的な問題を突きつけている。当局が加入させようとしているのが、保険料を負担する余力の最も乏しい人々だとしたら、どうなるのか。収入が不安定な労働者にとって、借金をすれば当面の納付は続けられるかもしれない。だがその代わりに、年金の一部があらかじめ借金の返済に充てられた状態で老後を迎えることになりかねない。
(翻訳・竹内優子)
