2026年9月15日、中国の出入国に関する新たな規定が正式に施行されたその日、海外のSNSが突然騒然となりました。任正非一家がすでに「国外逃亡」し、ファーウェイ本社に武装警察が入ったという情報が広がったのです。ファーウェイは沈黙。任正非の家族も沈黙。そして、中国当局も沈黙しています。
三者がそろって何も語らないことで、かえってうわさは膨らむ一方です。さらに、新唐人や大紀元といった海外の中国語メディアも、ほぼ同じ時期に相次いで報じました。時事評論家の王赫(おう・かく)は、「うわさが事実とは限らないが、あまりにも微妙な時期だ」と指摘しています。
任正非は、いったいどこへ行ったのでしょうか。
発端となったのは、Xで拡散した1枚のスクリーンショットです。ファーウェイ内部のチャット記録とされるものでした。
そこには、ファーウェイ会長の梁華(りょう・か)が、2日間にわたって任正非と連絡を取れなくなっていると書かれていました。しかも、連絡が取れないのは任正非だけではありません。副会長の孟晩舟(もう・ばんしゅう)、任正非の妻の蘇薇(そ・び)、末娘の姚安娜(よう・あんな)とも、同時に連絡が取れなくなったというのです。
スクリーンショットには、もう一つ具体的な記述がありました。9月11日未明、任正非の車列が自宅を出発し、深センの大鵬(だいほう)半島にある鹿嘴(ろくし)方面へ向かった後、行方が分からなくなったというのです。これを、海路で国外へ出ようとした動きだと受け止める人もいます。
同じころ、ネット上には、ファーウェイ本社付近に大勢の武装警察が集まっているとされる動画も出回りました。しかし、ほどなくして、動画に映る背景がファーウェイ本社の周辺と一致しないという指摘が出ました。古い動画を編集し直し、今回の出来事を撮影したかのように見せかけた可能性が高いというのです。
本当の情報なのか、うその情報なのか。見分けがつかないまま、さまざまな情報が入り交じっています。うわさの真偽は定かではありませんが、それに対する各方面の反応も、考えさせられるものです。
時事評論家の王赫は、この話には誇張が含まれているかもしれないものの、まったく根拠がないとも言い切れないと見ています。その理由はこうです。もしファーウェイの経営幹部が本当に任正非と連絡を取れなくなっているのなら、それは極めて重大で、絶対に外部へ漏らしてはならない情報のはずです。それなのに、中国当局は今も任正非を公の場に登場させ、うわさを打ち消そうとしていません。この沈黙自体が、すでに普通ではないというのです。
王赫は、二つの可能性にも言及しています。一つは、出入国に関する新規定の施行に合わせて、誰かが意図的に中国共産党をからかうような情報を流した可能性です。もう一つは、任正非が実際に国外へ出ていて、当局がひそかに本人と交渉している可能性です。任正非に本当に何も起きていないのなら、当局は近いうちに本人を公の場へ登場させるはずだと見ています。
一方、台湾で経済情報を発信するインフルエンサーの胡采蘋(こ・さいひん)は、まったく異なる見方を示しています。国外逃亡の可能性は極めて低いというのです。任正非本人と家族のパスポートは、中国当局が厳重に管理しているはずだとしています。孟晩舟は2018年にカナダで身柄を拘束された経験があり、簡単に国外へ出るとは考えにくいといいます。また、姚安娜は芸能活動が軌道に乗りつつある時期で、家族と一緒に「国外逃亡」する理由は、なおさらないという見方です。
カナダのヨーク大学准教授、沈栄欽(しん・えいきん)は、別の角度から注意を促しています。国外へ逃れた人が、その事実を公にするかどうかや、公表の仕方はさまざまだというのです。海外に着くとすぐに保護を求め、大々的に公表する人もいれば、持っている情報の価値が高いために、逆に表に出ることを意図的に制限される人もいます。さらには、国内へ戻って忠誠を示し、外部との関係を断つよう求められる場合さえあるといいます。現時点の情報だけでは、国外逃亡説は依然として推測にすぎず、裏付けとなる証拠がないとしています。
ここで、一つの疑問が浮かびます。もし任正非に本当に何か起きていたら、ファーウェイは指導者を失い、混乱してしまうのでしょうか。答えは、意外かもしれません。
ファーウェイは上場企業ではありません。独自の従業員持ち株制度を採用しており、労働組合の委員会が9割以上の株式を保有しています。一方、任正非本人の持ち株は約1%にとどまります。日常の経営判断は、交代制で会長を務める経営幹部と取締役会が共同で担っています。一人の判断ですべてが決まるような、同族経営の企業とは仕組みが異なるのです。
つまり、仮に任正非本人の行方が本当に分からなくなっていても、それだけでファーウェイの日常業務が混乱に陥るとは限らないということです。むしろ注目すべきなのは、任正非個人をめぐる動きが、政治的に何を意味するのかという点です。
では、そこから何が読み取れるのでしょうか。
台湾師範大学で政治学を教える范世平(はん・せいへい)教授は、この出来事を、より大きな背景の中で捉えています。
許家印(きょ・かいん)からジャック・マー(馬雲)、そして李嘉誠(り・かせい)まで。ここ数年、民間企業の経営者たちが直面してきた一連の出来事によって、中国のビジネス環境には、すでに疑問の目が向けられてきました。恒大集団の債務危機が表面化した後、許家印は一時、出国を制限されました。ジャック·マーは、アント·グループの上場が差し止められた後、1年以上にわたって、ほとんど公の場に姿を見せませんでした。李嘉誠傘下の長江和記実業による海外の港湾資産の売却も、一時、中国の国営メディアから名指しで批判されました。
日頃から「党と国を愛する」人物として知られる任正非にまで「国外逃亡」のうわさが出るとなれば、海外の投資家の中国に対する信頼は、さらに損なわれることになります。しかも、この情報が出回ったのは、出入国に関する新規定が施行される、まさにそのタイミングでした。目先の問題をしのぐために毒を飲み、かえって事態を悪化させるようなものだというのです。
この新規定そのものにも、注目すべき点があります。「国務院の出国・入国管理に関する規定」は全19条で、その中には、「輸出規制または技術の安全に関わる人物」について、政府が出国を認めないことができると明記されています。
ファーウェイはここ数年、米国の輸出規制の中心的な対象となってきました。この条項がファーウェイの中核を担う人物に適用されるのかどうかは、外部からは分かりません。しかし、この点を踏まえると、うわさと新規定のつながりにも、現実味が増してきます。もし任正非が本当に「新規定の施行直前に駆け込むように」出国したのなら、そのタイミングは、あまりにも出来すぎているのです。
さらに、中国共産党は近く、第20期中央委員会第5回全体会議、いわゆる5中全会を開く予定です。任正非はこれまで、習近平が民間企業の「模範」として掲げてきた人物と見られてきました。党内の政治では、ある政治家に不利な情報を、まず海外のSNSで流し、それを国内へ逆流させて打撃を与える手法があります。
任正非自身は政治家ではありません。しかし、ファーウェイが中国の産業界で占める地位や国際的な影響力によって、任正非は、さまざまな政治勢力の動きを左右する重要な存在となっています。そのため、今回の出来事を、習近平の政敵が仕掛けた動きと見る人もいます。
今後数日間が、このうわさの真偽を見極める、一つの節目になるかもしれません。
ファーウェイが毎年開催する「全聯接大会(HUAWEI CONNECT 2026)」は、9月17日から19日まで上海で開かれる予定です。会期中には、経営幹部らによる基調講演が複数予定されています。
この期間も任正非が公の場に姿を見せなければ、それを、うわさを間接的に裏付けるものと受け止める人も出てくるでしょう。反対に、この時期に姿を現せば、大きな騒ぎとなった今回のうわさも、収束へ向かうと考えられます。
(翻訳・藍彧)
