最近、中国の各地で異常気象による豪雨が続き、深刻な洪水や土砂災害が発生しています。南西部に位置する重慶市から中部の湖北省に至るまで、滝のような大雨が降り注ぎ、甚大な人的・物的被害をもたらしました。そして、この無情な天災は、深く考えさせられるいくつかの隠れた問題を浮き彫りにしています。
5月23日夜から24日未明にかけて、重慶市永川区で突発的かつ局地的な猛烈な雨が降り、深刻な鉄砲水と土石流を引き起こしました。茶山竹海や中山路、双石といった地区の多くが、瞬く間に濁流に飲み込まれました。公式発表によると、25日午後までに9人が死亡、11人が行方不明となっています。しかし、最も被害が大きかった地域では、地元住民が直面した惨状は冷たい数字よりもはるかに胸を締め付けるものでした。
多くの村人は、就寝中に予期せぬ災害に襲われました。SNSなどで拡散されている動画や写真には、山の中腹に建てられていた民家が家屋ごと一瞬にして押し流される様子が映し出されています。跡地には瓦礫だけが残り、家屋は跡形もなく破壊されていました。変わり果てた廃墟の前で泣き崩れ、母親、叔父、祖母が全員行方不明になったと訴える被災者もいれば、3家族、計9人が洪水に巻き込まれ、今も行方が分からないと絶望する人もいます。ある女性は、母親が逃げ延びた時の様子を思い出し、今も恐怖に震えています。「あの時、土砂はすでに母のふくらはぎまで達していました。それはただの水ではなく、上流から押し寄せてきた大量の土砂でした。母は歩くことすら困難な中、必死に上の階へよじ登って、ようやく一命を取り留めたのです。」別の場所で難を逃れたある村民は、事後に帰郷して複数の土砂崩れ現場を目撃し、さらには道路に打ち上げられた犠牲者の遺体まで目にしたといいます。彼は、流された人が生還する見込みは極めて薄いだろうと悲痛な面持ちで語りました。数十キロ離れた下流の河川では、救助隊員が今も困難な状況下で行方不明者の捜索を続けています。
甚大な人的被害に加え、地元の人々が苦心して築き上げた生計の手段も一瞬にして水泡に帰しました。ある民泊を営む男性が数百万円を投じて建設した養殖場は完全に流され、大量に飼育していたタウナギやウシガエルは稚魚一匹残っていません。また、農家レストランを経営する別の男性も大損害を受けました。彼が養殖していた約1.6トンにも及ぶチョウザメやケツギョなどの高級魚がことごとく流され、経済的損失は約200万円に上るといいます。木々が根こそぎ奪われ、岩肌だけが剥き出しになった山を前に、多くの被災者の心にある疑念が湧き上がっています。地元の人々によると、これまでこれほど猛烈な土石流に見舞われたことはありませんでした。被災地の近くではかつて炭鉱の採掘が行われていたため、村民たちは、この痛ましい悲劇は単なる天災ではなく、山の自然環境が破壊されたことが土石流を猛威を振るわせた引き金になったのではないかという疑念の声を上げています。
重慶の被災地で土砂の撤去と捜索活動が難航している中、湖北省でも豪雨による危険な事態が発生しました。ネット上では、あるスリリングな「生死を分けた3分間」の映像が大きな注目を集めています。5月25日、湖北省大悟県が記録的な豪雨に見舞われ、12時間の降水量が250ミリを超え、川が急激に増水しました。同県の陳湾村では、激流が地元の村道にかかる橋に致命的な衝撃を与えました。
事故発生時、1台の白い乗用車が橋の上を走行中に突然エンストを起こしました。運転手はバックを試みましたがうまくいかず、橋の路面が激しく揺れ、亀裂が急速に広がっていることに直感的に気づきました。この危機一髪の状況下で、運転手は家族を連れて車を捨て、走って逃げるという果断な行動をとりました。避難してからわずか3分後、橋の路面が大規模に崩落し、ハザードランプを点滅させたままの白い車は一瞬にして落下し、濁流に飲み込まれました。幸いにも、乗員が事前に危険を察知して素早く車から離れたため、この崩落による死傷者は出ませんでした。
しかし、この間一髪の出来事は、その後ネット上で強い衝撃と疑問を引き起こしました。映像が公開されると、多くのネットユーザーが崩落した橋の断面を見て、次々と工事の品質に疑問を呈しています。「橋の設計がなぜあのように薄いのか」「これもまた、典型的な手抜き工事ではないのか」といった声が上がっています。さらに建設業界の関係者からも、この橋が設計段階で異常気象時の耐水能力や崩落防止基準を十分に満たしていたのか、また関連部門は日常の点検で危険箇所を把握し、安全対策を講じる責任を果たしていたのかと、厳しい指摘が相次いでいます。
重慶の家々を飲み込んだ、木々のない採掘跡地の山であれ、湖北の心もとないほど薄く崩落した橋であれ、どちらも豪雨に洗われて残酷な現実を露呈しました。洪水はいずれ引いていきますが、家族を失った家庭や全財産を失った農家にとって、生活の基盤は完全に打ち砕かれてしまいました。災害が起きるたびに、メディアでは「100年に一度」や「異常気象」といった言葉が繰り返されます。しかし、瓦礫の前に立つ人々が本当に問いたいのは、天災の脅威の中に、一体どれほどの「人災」が隠されているのかということではないでしょうか。空洞化された山々や安全性が疑われる橋の代償を、これ以上一般の人々の命と生活で支払うわけにはいきません。被災した人々が望んでいるのは、決して特別なことではありません。ただ、次の大雨の夜に、運任せの幸運に怯えながらすがる必要のない、安心して眠れる平穏な日常なのです。
(翻訳・吉原木子)
