4月4日、雄大な自然を満喫できるはずの雪山の旅が、何千人もの観光客にとって「高山の悪夢」へと変わってしまいました。同日、雲南省麗江市の玉龍雪山の山頂で、突発的な強風により多くの観光客が数時間にわたり足止めされました。標高4,000メートル以上の過酷な環境下で厳しい寒さと酸欠が重なり、嘔吐や低体温症、失神といった危険な症状が頻発しました。大混乱の現場とずさんな対応を前に、怒れる観光客たちは一斉にチケットの払い戻しを求め、「まるで地獄を見た思いだ」と口々に非難しています。

 この立ち往生は、玉龍雪山の主峰に位置する氷河公園のロープウェイ乗り場で発生しました。現場の観光客の証言によると、同日午後、下山を待つ列が天候の急変によって完全にストップしたとのことです。江蘇省からの観光客は、午後5時から列に並び、夜の10時近くになってようやくロープウェイに乗れるまで、2時間以上も屋外で凍える思いをしたと振り返りました。日が暮れるにつれて山頂の気温は急降下し、猛烈な強風も相まって極めて過酷な環境となりました。体力のある大人でさえ深刻な酸欠に陥るなか、高齢者や妊婦、子どもたちはさらに厳しい試練を強いられました。唇が紫色になるまで冷え切った子どもや、暖を取るためにゴミ袋を体に巻きつける人の姿すらありました。観光客の李さんによれば、スタッフは当初、観光客を待合ロビーに入れて寒さをしのがせる配慮も見せず、現場にはお湯や毛布といった支援物資の提供も、弱者の優先下山ルートの確保もありませんでした。酸欠で倒れ、担架で運ばれる姿が至る所で見受けられたといいます。

 観光客から「利益優先で実際の収容能力を無視している」と非難を浴びた大混乱ですが、決して玉龍雪山特有の現象ではありません。近年、国内の観光市場が活況を呈する一方で、一部の有名観光地において突発的な危機に対する管理体制の甘さが度々露呈しています。視野を広げると、今回の「高山の悪夢」は、中国の多くの人気観光地が抱える慢性的な問題の縮図であることがわかります。同様の事態は、すでに他の有名な山々でも繰り返されてきたのです。

 たとえば2023年の元日連休には、河南省洛陽市の老君山風景区でも同様に大規模な立ち往生が発生しました。山頂の降雪で道路が凍結するなか、何万人もの観光客が殺到し、主要ルートで深刻な渋滞が起きたのです。大勢の観光客が吹雪の中、数時間にわたり閉じ込められ、極度の寒さと不安から玉龍雪山と同様に一斉に払い戻しを求める騒ぎとなりました。また、同年5月の大型連休には、安徽省の黄山風景区で「観光客が公衆トイレにすし詰め状態で夜を明かす」という衝撃的な出来事も起きています。客の激増に加え、ホテルの予約が取れず下山も間に合わなかった約800人もの人々が、寒空の下で野宿を余儀なくされました。ネット上の動画には、大勢の観光客が公衆トイレの床や廊下に座り込み、薄い毛布を被り震えている様子が映し出されていました。事後、管理側は「事態は望ましくない」としつつも基本サービスの提供に努めたと回答しました。しかし、期待に胸を膨らませた観光客をトイレでの雑魚寝に追いやった事実は、「高品質な観光サービス」という謳い文句が名ばかりであることを容赦なく露呈しました。

 これらの立ち往生事件は、国内の一部観光地が長年抱え続けている2つの根本的な問題を浮き彫りにしています。

 第一に、不可抗力を管理責任の免罪符として乱用している点です。強風や降雪など、立ち往生が起こるたびに運営側の公式発表は天候の急変を最大の原因に挙げます。しかし、標高4,000メートルの玉龍雪山にせよ寒冷な老君山にせよ、極端な天候は高山リゾートでは日常であり、稀な天災ではありません。成熟した観光地であれば、最高レベルの気象警報システムと緊急対応の仕組みを備えているべきであり、防寒物資の備蓄や緊急避難所の拡充、高齢者や子どものための緊急下山ルートの確保などは必須の課題です。強風による速度制限は列が滞った理由を説明しているに過ぎず、緊急対応や人道的な配慮において、運営側が全くの無防備であった事実を覆い隠すことはできません。

 第二に、チケット収入至上主義がもたらす実際の収容能力とのアンバランスです。玉龍雪山での長時間の待ち時間も、老君山の渋滞も、黄山での野宿も、問題の根本は利益を最優先する姿勢にあります。一部の観光地では、売上を最大化するために1日の受け入れ人数を理論上の上限ギリギリに設定する傾向があります。その一方で、ロープウェイの輸送力の限界や悪天候による速度低下、公共スペースの実際の収容人数といった重要な要素を意図的に無視しています。商業的な利益が安全や体験よりも優先されるとき、SNSで人気の観光地は観光客を単なる集金の道具のように扱っており、命に対する畏敬の念も消費者への尊重も欠けていると言わざるを得ません。

 圧倒的な批判に対し、玉龍雪山の管理側は4月5日、「強風による速度制限が原因で立ち往生が発生した」と回答しました。しかし、このような軽い説明では到底人々の怒りを鎮めることはできません。観光市場の回復による恩恵は、決して観光客の体験や安全を犠牲にした上に成り立つべきではないのです。玉龍雪山、老君山、黄山が残した教訓は、地方の観光行政への警鐘であると同時に、観光業界全体に対する厳しい問いかけでもあります。今後も収益重視・危機管理軽視という近視眼的な道を走り続ければ、極端な天候によって華やかなフィルターが剥がれ落ちたとき、失うのは一時的な評判だけではありません。観光客から完全に見放されるという、最も致命的な代償を払うことになるでしょう。

(翻訳・吉原木子)