故宮の大門に並ぶ丸い突起は、どんな意味を持っているの.
門釘(pxhere, CC0 パブリックドメイン)

 北京の故宮(旧称「紫禁城(しきんじょう)」)を訪れた方なら、大門にずらりと並んだ丸い突起に気づかれたことがあるでしょう。多くの人は「きれいだな」と感じるだけで、これらが本来どんな役割を持っているのかまでは、あまり考えたことがないかもしれません。
 実は、この丸い突起は「門釘(もんてい)」と呼ばれ、もともとは門を補強するための実用的な部品でした。昔の大門は何枚もの木板をつなぎ合わせて作られており、長い年月が経つと緩みやすくなります。そのため、内側に木枠を取り付け、外側から木釘を打って固定し、門を丈夫にしていたのです。
 時代が進むにつれ、門釘の並びは整い、材質も木から鉄や銅へと変わり、防火の役割も果たすようになりました。明清時代(みんしんじだい)には、裕福な家では銅釘に金メッキを施し、朱塗りの大門と合わせて華やかな装飾としても重要視されました。

 清王朝(しんおうちょう)以前は、門釘の数に厳しい決まりはありませんでした。しかし、清王朝期に入ると、門釘の材質や数は身分制度に組み込まれ、規定を超える使用は「僭越」とされ、処罰の対象になりました。こうして門釘は、身分や地位を示す象徴となっていきます。
 清の皇宮として使われる紫禁城では、当然ながら最高位の規格が用いられます。門釘は九行九列、合計八十一個と定められていました。清王朝により編纂された政治制度を紹介する史書『大清会典(だいしんかいてん)』にも「宮殿の門や回廊はすべて高い基壇の上に築かれ、屋根には黄色の琉璃瓦が葺かれ、門には金の門釘が打たれている①」「壇廟や円丘の外側・内側にある四つの垣門は、いずれも朱塗りの扉に金の門釘を備え、縦横ともに九列ずつである②」と記されています。「九」は「陽数(奇数)の極み」で、最高位を象徴するため、皇帝専用とされたのです。

 ところが、故宮の四大門のうち、午門・神武門・西華門はすべて九行九列なのに、東華門だけは八行九列、七十二個になっています。この違いは興味深い点です。
 一説には、東華門は皇帝が亡くなった際に棺が運び出される「鬼門」で、生は陽、死は陰であるため偶数が使われたと言われます。しかし、皇帝が外出する際に東華門を通ることもあり、葬儀専用の門と断言することはできません。

 また、清には皇族や公爵など社会の上層部を構成する特権階級の邸宅にも、門釘の厳しい規定がありました。たとえば、

親王府(しんのうふ、親王が居住した邸宅):七行九列、合計六十三個
世子府(せしふ、親王の嗣子):親王府より二列少ない七行七列、合計四十九個
郡王(ぐんおう)など親王の下にあたる位階の皇族や宗室:世子府と同じ
公府(こうふ、公爵が居住した邸宅、公爵は王族・皇族に近い最高位の貴族):七行七列、合計四十九個
侯爵〜男爵(こうしゃく~だんしゃく、侯爵は公爵に次ぐ高位の貴族、男爵は最下位の貴族):五行五列まで減り、材質は鉄
 規定を超える門釘の使用はすべて僭越とされ、処罰の対象でした。

 今日、故宮を歩きながら丸い門釘を眺めると、それらは単なる装飾ではなく、制度、技術、そして歴史が刻まれた存在であることに気づきます。皇帝の時代は遠く過ぎ去りましたが、門釘は今も朱門の上に静かに残り、この宮城が歩んできた長い年月と物語を見守り続けています。

註:
①宮殿門廡皆崇基,上覆黃硫璃,門設金釘。
②壇廟圓丘外內垣門四,皆朱扉金釘,縱橫各九。

(翻訳編集・玉竹)