中国と一味違う 台湾に伝わる「旧正月」の伝説.
旧暦の新年における台湾の花火(Pexels)

 今年も旧正月が近づいてきました。今年の旧正月は2月17日(火)です。
 中華圏で最も重要な伝統行事である旧正月。各地で様々な年越しイベントが開催される中、家族や友人が集まれば、「旧暦新年の由来」にまつわる面白い伝説や不可思議な物語で花が咲くことでしょう。一般的に知られているのは、中国由来の「年獣(ねんじゅう)」にまつわる伝説ですが、実は台湾にはそれとは異なる、独自の民間伝承「地沈み伝説」があります。この伝説には、人を食う凶暴な「年獣」は登場しないばかりか、物語の鍵を握るのは、なんと一匹の「猿」なのです。
 今回は、台湾ならではの少し奇妙であたたかい、新年にまつわる伝説をご紹介します。

 台湾では、神々を祀る際に、長方形の祭壇「神桌(しんたく)」には神像のほか、香炉、果物、お供え物とともに、油灯(オイルランプ)を支える燭台を置きます。その燭台の形が猿に似ていることから「灯猴(とうこう)」とも呼ばれます。
 旧暦の年末になると、台湾の人々は、一年の加護を神々に感謝して、来年の五穀豊穣を祈願するため、神桌を掃除し、新しい服を神に着せます。しかし、あろうことか「灯猴」の存在をすっかり忘れてしまいました。
 「わしは毎日、身を挺して灯を支え、世間を照らしているというのに、なぜみんな、神様ばかりを拝んで、わしのことを無視するのだ!」と、灯猴は長年うっ憤が溜まっていたのです。そんなある日、灯猴はついに堪忍袋の緒が切れてしまい、恩知らずの人々を訴える訴状を天界の最高神「玉皇大帝」に届けます。しかし、その訴状には、「台湾人は皆、怠け者で食べ物を粗末にしている」という、ありもしない嘘の告げ口が記されていました。
 訴状を読んで、怠慢に走る民に激怒した玉皇大帝は、「大晦日の真夜中、台湾島を海の底へ沈めよ」と、台湾に恐ろしい天罰を下したのです。
 土地の守り神「土地公(トーディーゴン)」は、すぐさまこの危機を台湾の人々に知らせると同時に、観音菩薩に「どうか玉皇大帝を説得し、人々を許してください」と必死に助けを求めました。

 足元のこの島が間もなく沈むと知った台湾の人々は、まず、旧暦十二月二十四日、家々に祀られていた守り神たちまで災難に巻き込まれないように、恭しく神々を全て天界へ送り返しました。これは「廿四送神(ジャッシーサンシン)」の由来です。
 そして迎える大晦日。人々は祖先を祀って別れを告げ、家禽を屠って豪華な料理を作り、家族で最後となるかもしれない団らんのひと時を過ごしました。これは大晦日の墓参り「祭祖」と大晦日の晩餐「圍爐(囲炉)」のルーツと言われます
 晩餐の後、家の年長者たちは家族に金銭を贈ります。これは台湾のお年玉「硩年錢(テーニーチン)」の始まりです。そして人生最後の夜、人々は眠ることなく、静かにその時を待ちました。これが、一晩中起きている「守年(シュニ―)」の由来です。

 いよいよ運命の午前零時。人々は固唾をのんで待ちましたが、しかし、何も起こりませんでした。なんと、観音菩薩の必死の嘆願が届き、玉皇大帝が怒りを鎮めて、天罰を取り消したのです。
 「助かった、生き延びたー!」
 歓喜に沸く人々は爆竹を鳴らし、花火を打ち上げ、生き残ったことを心から祝い合いました。

 夜が明け、島が無事であることを確認した人々は、道で会う人ごとに「おめでとう」と言葉を交わしました。そして神々の加護に感謝するため、次々と寺院へ参拝に訪れたのです。これが、台湾の初詣「行春(キアンツン)拜拜(バイバイ)」の由来です。
 危難が去ったため、嫁いだ娘たちも実家の両親の安否を確かめるべく、正月の二日目に帰省して共に昼食を楽しみました。これが二日目の帰省習慣「轉外家(テングアケー)」の由来です。
 正月四日、台湾の地沈みの危機が完全に免れたことが確認されましたので、天界へ送り返した守り神たちを再び家に迎え入れ、祀り始めないといけません。これは「初四接神(ツェシチーシン)」の由来です。正月五日、賑やかな祝賀行事が落ち着いて一段落となったので、この五日を「隔開(ケークイ)」と呼びます。正月六日、人々は農作業を再開し、次々と肥料を田んぼに運んで灌漑を始めました。これは「初六挹肥(ツェラッユンプイ)」の由来です。
 こうして、台湾の日常がまた始まったのです。

 ちなみに、あの嘘の訴状を書いた灯猴は、玉皇大帝の再精査によって「嘘の告げ口」だと認定され、玉皇大帝から、責と処罰を受けてたのでしたーー。

 いかがでしたでしょうか。台湾の新年にまつわる伝説をご紹介しました。恐ろしい怪物の代わりに、少しへそを曲げた「灯猴」が騒動を巻き起こし、神々の慈悲によって救済がもたらされます。
 たとえ島が沈むという危機にあっても、自分たちより先に神々を天界へ逃がそうとした台湾の人々。そこには、己の命よりも神々への敬意を重んじる精神が息づいています。私たちもまた、万物への畏敬の念を忘れずに、清らかな気持ちで新しい一年を迎えたいものです。
 新年、明けましておめでとうございます!

(文・隅心/翻訳編集・常夏)