国際的な経営コンサルティング企業・オリバー・ワイマンは2025年7月、最新の調査結果を発表し、中国経済に対する信頼の低下があらためて注目を集めています。この調査によると、中国の富裕層は現在、経済の将来についてコロナ禍のピーク時を上回る深い絶望感を抱いていることが明らかになりました。

富裕層に広がる悲観的な心理

 オリバー・ワイマンは2025年5月、月収が3万元(約60万円)を超える中国の高所得世帯2000世帯を対象に調査を実施しました。その結果、22%の回答者が中国経済に対して悲観的な見方を示しており、これは2022年10月の21%を上回っています。当時は新型コロナ(COVID-19)感染拡大のさなかで、「ゼロコロナ」政策の終了直前という状況でした。

 今後5年間の経済見通しについて尋ねたところ、2022年時点よりも悲観的な回答が増え、国民の意識が明確に変化していることが浮き彫りになりました。

 同社のパートナーであるイムケ・ウーターズ氏は、「これはもはや一時的な感情の波ではなく、心構えそのものの根本的な変化である」と述べています。人々が自らの財務状況に不安を感じると、消費のペースや投資意欲は大きく落ち込み、より慎重で保守的な傾向になります。この心理状態が長期化すれば、社会全体の消費と投資を大きく抑制する結果につながるとしています。

 ウーターズ氏はまた、「こうした状況が長引けば長引くほど、人々は将来に対してさらに悲観的になり、消費も一層慎重になる」と警告しました。つまり、経済への信頼が崩壊したことによる連鎖的な影響が、構造的な景気低迷へと経済全体を導く可能性があるということです。

若年層の悲観が際立つ

 調査では、4つの年齢層のうち、18〜28歳の一線都市に住む若年富裕層が最も強い経済への失望感を抱いていることが判明しました。この層は、中国経済の将来に対して最も悲観的であり、経済に対する信頼の低下幅も最大でした。

 これに対して、29〜44歳および45〜60歳の富裕層は、全体的により楽観的な傾向を示しています。彼らは比較的多くの資産を築き、職業も安定しており、中国経済の成長期を経験してきたことから、将来に対して一定の希望を抱いています。

 ウーターズ氏は、「中年層の富裕層は、蓄積した資産、安定した職業、そして過去の『良き時代』への期待感を持っている。これが、比較的安定した経済への見方を支える主な要因である」と述べています。

行動パターンの変化 旅行熱は「自信」の表れではない

 全体として悲観的傾向が強まる中で、富裕層の行動にも新たな変化が見られました。調査によると、富裕層の間では海外旅行への意欲が高まっています。

 2025年には、中国の富裕層のうち37%が海外旅行を予定しており、これはパンデミック前の2019年の32%を上回っています。このうちすでに27%が実際に出国し、さらに10%が年内の旅行を計画中です。特筆すべきは、旅行先が以前のアメリカやヨーロッパ諸国ではなく、日本やマレーシアなどの近隣諸国へと移行している点です。旅行者数はすでに2019年の水準まで回復しています。

 オリバー・ワイマンは、これを「悲観的な心理のもとでの『今この瞬間の消費』」と位置付けています。つまり、富裕層は高級ブランド品や投資よりも、旅行による即時的な心理的満足感を求めているのです。ブランド品を買うよりも、「いま」を気持ちよく過ごすことにお金を使いたいと考える人が増えているといいます。

経済データが示す富裕層の不安心理

 オリバー・ワイマンによる今回の調査結果は、中国のマクロ経済の実態と一致しています。近年の中国経済は、いくつもの厳しい局面に直面しています。たとえば、デフレ圧力の強まり、小売売上の伸び悩み、企業間の激しい値下げ競争、そして住宅価格の下落による個人資産の目減りなどが挙げられます。

 中国国家統計局が7月中旬に発表したデータによれば、6月の小売売上高は5月に比べて1.6ポイント減少し、1月から6月の固定資産投資の年間増加率もわずか2.8%にとどまりました。

 こうした経済指標は、中国の富裕層の間で将来の経済への信頼が薄れつつあること、そして不安感が広がっている現状を如実に物語っています。

 とくに若者の失業率は深刻です。中国政府は、現在の全国の失業率を約5%として発表していますが、16〜24歳の若者の失業率は常に十数%の高水準を維持しています。また、中国政府は統計数値を美化する傾向があるため、民間では実際の失業率はそれよりもはるかに高いと見られています。数年にわたる若年層の高失業率は、若い富裕層の経済的な将来展望と安心感を根底から揺るがしています。

北京の若年中産層、消費が急減

 北京在住の36歳の女性・Lindaさんは、世界的に有名な会計事務所に勤務しており、税引き後の月収は3万元(約60万円)に達します。しかし、2024年12月以降、消費を一気に切り詰め、毎月の支出を従来の2〜3万元(約40〜60万円)からわずか2〜3千元(約4千〜6千円)へと激減しています。

「これまでは、こんなに頑張ってるんだから、自分にご褒美くらい与えないと考えていた。でも今は、こんなに頑張って働いて稼いだお金を、欲しいかどうかも分からないモノに使うなんて、もったいないと思うようになった」

 「父は70歳を超えて、母ももうすぐ70歳。将来、病気になるかもしれないし、家の貯金だって多くない。家を売るわけにもいかないし、自分が子どもを持つかどうかもまだ決めてない。会社から突然リストラされるかもしれないし、そのとき補償金をもらえるかどうかも分からない。だからこそ、合理的に考えて、貯金するしかないと思っている」

富裕家庭の数も減少へ

 胡潤(フージュン)研究院が最近発表した「2025年高所得層の消費心理と行動調査報告」によれば、中国国内の富裕家庭の数は年々減少しています。また、総資産が多いほど減少幅が大きい傾向も明らかになりました。

 胡潤(フージュン)研究院の定義によれば、現在の中国では、純資産が600万元(約1億2千万円)以上の家庭を「富裕家庭」とし、その数はおよそ512.8万世帯にのぼります。また、1000万元(約2億円)以上の資産を持つ家庭は「高所得家庭」とされ、206.6万世帯が該当します。さらに、1億元(約20億円)以上を保有する家庭は「超高所得家庭」と呼ばれ、その数は13万世帯です。そして、総資産が3000万ドル(約48億円)を超える家庭は「国際超高所得家庭」と分類されており、該当世帯は8.6万世帯にのぼるとされています。

 調査結果では、これらすべての階層で「富裕家庭」が減少しており、なかでも「国際超高所得家庭」の減少幅が最も大きく、前年同期比で2.3%減となりました。つまり、中国で海外に豪邸を持ち、ニューヨークに半年住むことも可能な超富裕層の約2000世帯が姿を消したことになります。

 この背景について、あるメディアは「富の源は不動産と金融資産であり、ここ数年の中国では不動産価格が暴落し、株式市場も低迷し続けている。そのため、富裕層の資産価値は大きく目減りした」と分析しています。さらに業界の不振や個人のキャリアの危機が重なれば、容易に「階層転落」が起きうるのです。

 富裕層が減り、中産層がリスク回避行動を取り、若者が未来を失望しています。そんな現状の中で、中国という国家の根幹はすでに揺らいでいるのかもしれません。

 いま、人々の間には、静かにこんな問いが広がりつつあります。

 「中国経済は、いったい、あとどれくらい持ちこたえられるのか?」

(翻訳・藍彧)